夜の女王役の次はリリック・ソプラノのパミーナ役の特集。オペラ魔笛の中では可憐で優しくて従順、まるでユリの花のようなパミーナ役にも数々の名花達が登場する。
♯1 ビーチャム盤(1937年)
ティアナ・レムニッツ(1897~1994) ドイツ
リリック・ソプラノとしてベルリンを中心に世界の主要歌劇場に客演。1939年ザルツブルク祝祭のクナッパーツブッシュ指揮「魔弾の射手」のアガーテでキャリアの頂点を築いた。
♯2 カラヤン盤(1950年)
イルムガルト・ゼーフリート(1919~1988) ドイツ
歌唱と愛らしい容姿があいまってウィーンのアイドルだった。その特別な人気は終生衰えることがなかった。リート歌手としても優れていたが、オペラの当たり役は「フィガロの結婚」のスザンナ役と「ばらの騎士」のオクタヴィアン役だった。特にスザンナ役は生涯600回以上歌った。
♯3 カイルベルト盤(1954年)
テレサ・シュティヒ・ランダル(1927~ )アメリカ
アメリカ出身ながらウィーンを中心に活躍。あまり録音は多くないがレパートリーは広く、「ばらの騎士」のゾフィー役、「フィガロの結婚」のケルビーノ役、「ドン・ジョバンニ」ではエルヴィーラ役などを演じている。トスカニーニが「世紀の発見」と絶賛したのは有名。
♯4 フリッチャイ盤(1955年)
マリア・シュターダー(1911~1999) スイス
いぶし銀の名歌手として正確で清潔な印象。オペラの舞台にはほとんど立つことなく主としてコンサート歌手として活躍したが、この盤をはじめモーツァルト歌手として不滅の名を刻んだ。
♯5 ベーム盤(1955年)
ヒルデ・ギューデン(1917~1988) オーストリア
ウィーン生まれとして特別の人気を博した。節回しが極めて柔らかく、ドイツ語の発音にもいい意味で鋭さがない。しかし、あまりにもウィーン風の歌唱スタイルはすべてのレパートリーで説得力を持つものとはいえなかった。「ばらの騎士」のゾフィー役は絶対の定評があった。他にもスザンナ役などで彼女の本領が発揮されている。
♯6 クレンペラー盤(1964年)
グンドゥラ・ヤノヴィッツ(1937~ ) オーストリア
ウィーンで脇役からスタートしたが、ベームやカラヤンから起用されるうちに第一人者の定評を得た。気品はあるもののくせのない優等生のような歌唱に時折物足りなさを感じるとの指摘がある。
♯9 スイトナー盤(1970年)
ヘレン・ドーナト(1940~ ) アメリカ
リリック・ソプラノでもアメリカ人歌手の進出が目覚しいがドーナトも典型的な例。ドイツ人と結婚してドイツを本拠として活躍した。もはやドイツの歌劇場はアメリカ人歌手の参加なくしては立ち行かなくなっており、この傾向は現代に向かって一層加速する。
♯10 サバリッシュ盤(1972年)
アンネリーゼ・ローテンべルガー(1924~ ) ドイツ
取り立てて並外れた技巧とか美声を持っていたわけではないが、魅力的な歌いまわしに愛らしい容姿と演技によりドイツオペラ界のアイドルとして大人気を博した。ただし、その前提としてモーツァルトなどのオペラで第一級の歌唱力の実力が根底にあったことは当然のこと。
♯11 カラヤン盤(1980年)
エディト・マティス(1938~ ) スイス
1963年に初来日した折のケルビーノ役の初々しさが語り草になっているが、のちにスザンナ、パミーナ、ゾフィーといった役で魅力を発揮し理想的な歌い手として賞賛された。自分もシュタイン盤(DVD)から受けた印象が強力で、容姿、歌唱が両立した鮮烈なイメージがいまだに目に焼きついて離れない。現在では何と69歳になっている勘定で随分とお婆ちゃんになったことだろう!
♯12 ハイティンク盤(1981年)
ルチア・ポップ(1939~1993) スロヴァキア
クレンペラー盤(1964年)で夜の女王役を演じたようにコロラトゥーラ・ソプラノから出発し、スザンナ、パミーナ、ゾフィーといった役でも独壇場となりレパートリーは非常に広く、長年人気を博した。最後に癌でなくなったのはお気の毒。
♯13 デービス盤(1984年)
マーガレット・プライス(1941~ ) イギリス
ドイツ・リートも見事にこなす歌手で、モーツァルト歌手としてヤノヴィッツの後継者と目された。
♯14 アーノンクール盤(1987年)
♯18 エストマン盤(1992年)
バーバラ・ボニー(1956~ ) アメリカ
初めチェロを学んでいたがザルツブルク留学中に歌手に転向。「ばらの騎士」でデヴュー。以降、現代を代表するリリック・ソプラノとして世界中の歌劇場に出演。清純派ソプラノのイメージにもかかわらず研鑽型の歌手でもあり、様々な制約があるオペラには倦怠感がある様子で2003年以降はリート(歌曲)に専念する方向。ファンとしては寂しい限りだが転身は筋の通ったもので、仕事の緻密さと芸術的良心で現在この歌手に優る人はいないとのこと。
♯15 マリナー盤(1989年)
キリ・テ・カナワ(1944~ ) ニュー・ジーランド
現代を代表するリリック・ソプラノ歌手で抜群の美声の持ち主だが、いつでも透明感にあふれた清流の印象を与えるかどうかは微妙なところ。歌からドラマ性を感じとるには歌い手の声に十分な持続力が求められるが、カナワの場合は時にその辺が物足りなく感じることがある。なお、そのクリーミー・ヴォイスはいささか言葉不明確にもかかわらず、全身から漂ってくるコケティッシュな雰囲気に負けて「ま、いいか」と思わせる不思議な魅力を持っている。
♯16 ノリントン盤(1990年)
ドーン・アップショウ(1960~ ) アメリカ
リリック・ソプラノ歌手で透明感を湛えた声、研ぎ澄まされた歌唱技術、優雅な立ち姿などが魅力。ザルツブルクでモーツァルト上演の常連である。パミーナのほかにも、スザンナ、ケルビーノ(フィガロの結婚)、ツェルリーナ(ドン・ジョバンニ)などが主なレパートリー。
♯17 マッケラス盤(1991年)
バーバラ・ヘンドリックス(1948~ ) アメリカ
リリック・ソプラノで72年パリ国際声楽コンクールで優勝。カラヤンに認められて急速に知られるようになった黒人歌手。モーツァルトを中心に国際的に活躍。日本にも度々来日しスザンナ、ゾフィー役などを好演。
♯20 ガーディナー盤(1995年)
クリスティアーネ・エルツェ(1963~ ) ドイツ
久々にドイツに誕生したリリック・ソプラノの逸材。オペラ・デヴューは1990年のオタワ。幅広いレパートリーで大活躍。
♯21 アバド盤(2005年)
ドロテア・レッシュマン(1967~ ) ドイツ
軽めのソプラノには異例の深い音色と、古楽で培われた知的な音楽性を特徴とする。緻密な言語表現と役への深い自己投入において際立った歌唱を聴かせる。CDは多数存在するが、指揮者ヤーコプスと共演したものはどれも見事な出来栄え。
以上だが、個人的にはパミーナ役のお気に入りはエディト・マチスとバーバラ・ボニーの二人に尽きる。
最後に、ソプラノ歌手の立志伝を読んでいると、絶対といっていいほどレパートリーとしてR・シュトラウスのオペラ「ばらの騎士」が登場する。元帥夫人役、オクタヴィアン役、ゾフィー役である。
お恥ずかしいことに「ばらの騎士」はまだレパートリーに入っておらず、どうもこれを聴いておかないとソプラノ歌手を論じる資格がないような気さえしている。
早速、名盤調査をしてみるとクライバー父子、ベーム、カラヤン指揮のものがリストアップされているようで、さてどれにしようか思案中。