魔笛に関する著作は部分的であっても一通り目を通しておこうと思って、日ごろからモーツァルト関係の本にはアンテナを張っているが珍しく好みが一致している本に出会った。
「I LOVE モーツァルト」(2006年3月発行、幻冬舎刊、著者:石田衣良氏)である。著者の石田氏は2003年に「4TEENフォーティーン」で第129回直木賞を受賞された作家だが、ご自身の体験をもとにモーツァルトの音楽の楽しみ方を一般向けに分りやすく解説されている。
内容は大きく三部に分かれている。
第一部はモーツァルトの持ち味と音楽の楽しみ方
第二部は「これを聴こう!」で著者のセレクションによりピアノ協奏曲20番をはじめ魔笛まで10曲の紹介(さわりの部分を収録したCDも付属)
第三部はモーツァルトの人間像の紹介である。
とりわけ共感を覚えたのは、第二部でモーツァルトのオペラの中で一番好きな作品が魔笛であり、愛聴CD盤としてクリスティ指揮を紹介されていることだった。自分の好みと合致しているので何だか百年ぶりの知己に出会ったような気がした。
まず魔笛をお好きとのことだが、このオペラはモーツァルの生涯にわたる多種多様なスタイルが渾然一体となって同居したもので、いわば彼の音楽的素養の全てが結集している作品であり、個人的には「魔笛ファンこそまぎれもない本物のモーツァルトファン」とひそかに思っている。
次に指揮者はクリスティとのことで、これも近年の古楽器演奏の中では一番の好みである。名花ナタリー・デッセイの夜の女王も聴きどころ。
調べた範囲で魔笛の指揮者はCD盤が31名、DVD盤が13名、CD(ライブ)盤が17名いるので、延べで言えば、61名いる(レコード盤も含む)が、その中で好みの指揮者が合致するということは単なる偶然の一致ではないとも思うのである。
おまけに、ピアノ・ソナタについても愛聴盤としてグレン・グールドを推奨されており、一度聴いたら病みつきになると書かれている。自分もグールドの独特のテンポにすっかりはまってしまっている。
感性というものは個人によってさまざまで、良し悪しや優劣をつけるものではないと思っているが、全然知らない方でも大好きな魔笛やピアノ・ソナタについて自分と似たような鑑賞の仕方をされているということは何だか心の一部を共有できたような気がして実にうれしくなるものである。
有名なピアノ協奏曲の20番ではミケランジェリ(ピアニスト)を推奨されているので、ネットで早速手に入れて聴いてみたがこれも期待を裏切らない絶品だった。(付随して13番も手に入れたが、今はそちらの方に集中)
また、石田氏はオーディオにも熱心な愛好家で「Sound&Life」No.4:2006の表紙」を飾ってリスニングルームと装置(マーク・レヴィンソンのCDシステム!)を披瀝されている。
音楽とオーディオが両立したモーツァルト愛好家は音楽評論家でもなかなか見かけないが作家としては本当に珍しい存在でこれからどんな音楽関係の著作を発表されるのか楽しみである。