「ずっこけ書道教室イタリア編アゲイン、そして…」
ミラノの北、そして、コモ湖のやや南、木工家具とレース編みで知られるカントゥー市の中学校で、去る5月下旬、我々アラントンと地元イタリアの同志によるピースセレモニーを催した。
市長、副市長、教育委員長など列席のもと、おおぜいの御父兄さんの参列も得、実に盛大な催しとなり、大成功裏にセレモニーを終えることが出来た。
ついでに、僕ウマは、二日間にわたり中学生120名に書道を指導した。
イタリアのヤングに書道を教えるのは、これで通算6回目、イタリアでの指導は三回目になる。
エッ? ウマさんって、きっと書道がお上手なんでしょうね?ですと?
あのなアンタ、ウマはな、書道はね、まったくの素人でっせ。決してお上手じゃないの! 書道というよりお習字やね。
今回ね、全校生徒の前での市長さんの御挨拶には、いや、もう、めっちゃ、ずっこけてしもた。
「皆さん、ウマさんに指導していただけるのは、たいへんラッキーなことです。ウマさんは日本一の書道の先生です!」英語の先生が同時通訳してくれた瞬間、ドテッ! いつの間に日本一になってしもたんや?
この市長さんとは、何度か食事を御一緒したけど、真面目な顔して冗談をおっしゃるすごく愉快な方なんです。生徒たちには、あとで教室で正直に云うといた…
「ウマは決して日本一ではありません。市長さんのコメントはめちゃ大袈裟(おおげさ)です」
ところがね、生徒の一人から、とんでもない想定外の質問を受けた。
「じゃ、ウマセンセ、日本一じゃなければ、日本で何番目ですか?」
美少女と云っていいこの子、まあ、とんでもないイノセントな質問をしてくれちゃった…
さあ、困った、いったいなんて答えればええのよこんな時…、でもな、一応答えておいた…
「あのー、ウマはね、決して日本一じゃありません。日本では、そうですねえ…、七番目ぐらいかなあ?」よく云うよな、このオッサン…
六回目ともなれば、指導の手順など、ま、かなり手慣(てな)れてきましたね。
…皆さん、日本語にはひらがな、カタカナ、それに中国から来た漢字の三種類の文字があり、そのうち、漢字は意味を含むんですよ…
黒板に、<人><木><林><森><川>などを書き、それぞれの意味を説明します。…<人>二本の線がお互いに支えあってますね。それぞれ支えあうのが人間だって意味なんですよ(ここで必ず歓声があがる)。
単に、東洋のエスニックな文字だと思ってただけの漢字に、皆さん、途端(とたん)に興味を示すんです。
各クラス20名前後です。まず、全員に僕のまわりを囲んでもらい、ひと通りのデモンストレーションをします。筆の握り方、墨を付けた筆の先のととのえかた、筆の傾け方、止め方、跳(は)ね方などを、実際に皆さんの目の前で示します。残念ながら筆順など教えている時間はありません。「筆順は上から下へ、左から右へが基本です」と、超おおざっぱな説明にとどめます。
以前は新聞紙に練習をさせた。しかし、最近は練習をさせず、いきなりA4の紙に清書させます。練習なしで最初の一枚から作品を仕上げる…これが、彼らの興味を引き付ける効果があることが、かなり以前にわかったんです。
練習させず、いきなり清書…、これには、日本の名書家、山下紅波先生など、目をむいてずっこけはるんじゃないかな? ま、書道教室じゃなくって、エスニック体験ワークショップだと、僕は思ってるんですよね。
ラグビー仲間の山下の夫人、山下紅波先生に書いていただいた30枚ほどの手本(英語でその意味を書いてある)を各自に選ばせ、とにかく真似(まね)して書きなさいと云う。でも、自分のセンスでちょっとぐらいアレンジしてもいいよとも云う(この効果は大きい)。
さらに、日本の書家の作品は、その独自のアレンジがあるからこそ芸術作品となるんですよってなことも云っておく。つまり字が芸術になるんですよ! を強調しておく。イタリアは芸術の国やからな。
練習なしでも書き損じる子がほとんどいないことには驚きますねえ。
一生懸命といっていい。皆さん、生まれて初めての書道に、もう、真剣に取り組んでくれる。嬉しいんだよねえ、彼らのそんな姿を見るのが…
各自の机を丹念にまわり、そして、かならず誉(ほ)める。上手だとか下手だとか、そんなことは関係ないの。だってね、エスニック体験なんやもんなあ。誉(ほ)めたら、どの子も必ずニコッとする。
生まれて初めての書道、そのすべての作品が、日本人の誰が見ても、文字としてはっきり読めるのです。さらに、同じ手本を書いても、彼らの作品に、それぞれの個性が少なからず表れているんですよねえ。
あのね…ここだけの話やけどさあ、各自の机をまわっていてな、特に美少女の作品には、ちょっとぐらい歪(ゆが)んでようが「サイコー!すばらしい!天才や!」を連発する。
そしたら、ますます張り切っちゃってさあ、次から次とお手本をこなしてらっしゃるの。そして「ウマセンセ、これ、どうでしょうか?」と、自分の作品をわざわざ見せに来るんや。いや、たいへん積極的で結構ですよねえ(デレデレ…)。
市長さんが「来年もよろしく」だって! だって!! だって!!!
<ウマの、ずっこけ書道教室イタリア出張編>、どうやら、恒例の行事になりそうですね。ウマさん、もう、大喜びでございますよ。
だってさあ、イタリアは、もう、なんでも美味(おい)しいうえに、ワインやプロセッコも安くて美味しいのがふんだんにあるんや。それに…、それにね…
あのー…、美少女や美女がそこらじゅうに溢(あふ)れてるしなあ…、あっ、い、いかんいかん、こんなこと、思ってても口にだしたらあかん!
で、でも…、溢(あふ)れてるの…ウフッ…
ピースセレモニーも、ウマのずっこけ書道教室も、まあ、めでたく成就(じょうじゅ)したし、さあ、あとのホリデー、どないしようかな? と思った途端(とたん)、ベアトリーチェのことが頭をよぎった。(ウマ便り「ベアトリーチェとコモ湖の隣人」参照)
彼女には、僕がイタリアに行くことはすでに伝えていたので、電話をしたらめちゃ喜んでくれた。で、久しぶりに彼女と会った。
美少女だった彼女がアラントンに初めて来た時のことを思うと、英語が飛躍的に上手になっていたので驚いた。
美少女時代から彼女を知ってる僕は、その後、ゴージャスな美女に成長した彼女とも会っている。ところが今回、あのね…、かなりセクシーになっておられるのに驚いたのでござるんるん、あっ、ウマさん、興奮しとるんるん…
この娘(こ)なあ、絶世の美女やのに、めちゃほのぼのとした性格なのよ。ほのぼのとした上に、ツンとすましたところがまったくない絶世の美女! ちょっとイメージが思い浮かばんでしょ? ま、言葉を変えると、ちょっとけったいな娘(こ)やとも云える。
ベアトリーチェは、僕を「007カジノロワイヤル」が撮影されたロケ現場へ連れていってくれた。
それは、南北に長いコモ湖の、ちょうど真ん中当たりの西側の湖畔、湖に向かって突き出た半島にある。かつてのイタリアの超超超リッチな資産家の、まあ、想像を絶する広大なおうちなんだけど、今は、世界遺産を管理する団体が維持している。美術品のコレクションがこれまた凄いんです。
世界中からの多くの訪問者の為に、邸内ツアーが一日何度も行われている。ツアーガイドも、主要言語をしゃべる人材を何人も備えている。
半島のほぼすべてを占める、その、広大な邸宅の湖畔脇の、その芝生の庭を見た途端、僕は「007カジノロワイヤル」のシーンを想い出した。
そうか!ここやったんか!
負傷したジェームス・ボンドが車椅子に乗り静養していた、まさにその同じ場所に立ったミーハーのウマ、めちゃ感激したのでございますえ。
その日、女房のキャロラインは、他の人々とのコンファレンスなどで忙しかったので、僕だけベアトリーチェ家の招待を受けた。
ああ、懐かしい!
両親のジョバンニ、クラウディアが両手を広げて迎えてくれた。
北イタリア有数のお金持ちなのに、ウマみたいなしょぼい日本人のおっさんを歓迎してくれるんや。嬉しいよなあ。
でもね、ジョバンニが僕を歓迎してくれる理由は、実は、わからんことはない。めっちゃワイン好きの彼、めっちゃワイン好きのウマを迎えたら、そら、嬉しいんとちゃうやろか? 彼、僕の顔をみて、もう、ニコニコしてはるのよ。
案の定、すぐにおっしゃった。
「ウマ! デッキでワイン呑むか?」自分が呑みたいくせにな。
北イタリア経済界の重鎮(じゅうちん)なのに可愛いもんや。
グラスを持って、湖に張り出たデッキのテーブルについた。すると、ジョバンニが「そこと違う」と云う。なんと、係留(けいりゅう)してある大型のモータークルーザーのデッキで呑もうとおっしゃる。
で、ベアトリーチェとクルーザーに乗り込んだ。ところが彼、エンジンをかけたんや。アレッ?と思てるうちに離岸して走り出した。そして、湖のほぼ真ん中あたりで停止し、彼が「ここで呑もう」やて!。
クルーザー上階のデッキには、燦々(さんさん)と太陽の光が降り注ぐ。ベアトリーチェが、クラウディアが用意してくれた豪華なつまみをテーブルに並べ、ジョバンニがワインの栓(せん)をぬく。楽しいね、こういうひとときって…
空は、もう真っ青や!
いろいろな話題に華が咲く…
ジョージの話になった。そう、初めてお邪魔したときにご一緒した、俳優のジョージ・クルーニーさんのこと。
「彼、買い物には歩いて行くの。彼は、街に行く途中、通りで会う人に、自分から気軽に声をかけるのよ」
街の人たちは、ジョージが忙しい俳優で、年に何度か別荘に来てリラックスすることを知っているという。だから、彼にサインを求める人もいないし、彼がバーでイッパイ呑(や)ってても「やあ、ジョージ、元気かい?」と、声はかけるけど、あとはそっとしてるとも云う。
ええ話だよねえ。有名俳優がリゾートの街に溶け込んでいるんや。
ワインでほんのり頬(ほほ)を染(そ)めたベアトリーチェが、もじもじしながら告白した。
「ウマ、わたし、恋したみたい…」脇でジョバンニがニヤニヤしている。
ウマさん、余計なひとことが多いおっさんや。云うてしもた…
「そんな病気はすぐ治るから心配要らん」ジョバンニが大笑いしたので、彼女、ふくれてしまいよった。
イタリアやフランスでは、自転車レースの一流選手は国民的大スターです。彼女の恋の相手は無名の選手だという。
「でも彼、一生懸命頑張ってるのよ」と夢見るような顔つきをする。ま、年頃やし、恋の一つや二つ、結構なことや。セクシーになった理由がよくわかった。
彼女の胸元でなにかが鳴った。
ネックレスに付いている小さなカメオの裏を彼女が押したら、虫が鳴くような、その小さな音が鳴りやんだ。
ウマが怪訝(けげん)な顔をしていると「一週間に一度、バッテリーチェックをしないと警察にしかられるの」えっ?どういうことや?
ジョバンニが代わりに答えた。それは超小型のマイクロ発信器で、ジョバンニやクラウディアの指輪にも仕込まれているという。
彼女のファミリーが、北イタリア有数の資産家であることは、広く知られている。だから、誘拐(ゆうかい)に備えて警察から渡されたという。半径100キロ以内なら警察のモニターで所在がわかり追跡可能だという。
そうか…お金持ちはそんな心配をせんとあかんのやなあ。
くれあ、ローザ、ジェイミーなど、うちの子供らは、そんな心配、じぇんじぇん要らん。まったく要らん。よかったよかった。
ええか! 君らのおとーちゃんはな、貯金ゼロ!資産ゼロや! 感謝せんとあかんでぇー。
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