南スコットランドの粋人「ウマさん」からメールが届きました。前回の「くちなしの花」の最終回です。
「いいですね、ストレート・ノーチェイサー!」
その方が口にした言葉に、思わず仰け反りそうになった。
確かに僕のウィスキーの飲み方はストレート・ノーチェイサーだけど、まさか、ジャズのスタンダードになっている曲のタイトルを彼が口にするとは思ってもいなかった。
ジャズの歴史における巨人の一人で、数多くの名曲を書いたのが、ピアニストのセロニアス・モンク。その代表曲の一つが「ストレート・ノーチェイサー」です。彼のそのコメントを聞いて、この方はジャズを知ってるなと思った。さらに、そのあと、彼が言ったことには膝を叩いてしまった。
「くちなしの花って、ほら、ビリー・ホリデイが、よく耳に飾っていた花ですよ」
そうか!あの花、くちなしの花だったのか。
ビリー・ホリデイはよく花を耳に飾ってステージに立った。そんな写真は数多く残っている。
僕は、店のマスターとそのお客さんに、なぜ、僕がこのバーに入って来たかを説明した。
「1970年春に、すぐそこの南青山4丁目に住み始めたんですが、その頃から、この石垣沿いにあるこの店の木のドアが気になってたんです。今、スコットランドに住んでるんですけど、実に久しぶりにこの街に来て、この通りを歩いてみたら、なんと、昔のままにドアがあるじゃないですか。いやあ、もう、驚くやら嬉しいやら…。それで少し迷ったんですけど、思い切ってドアを開けたんです。そしたら、素晴らしいバーだったんで、もう感激してしまって…」
「それは良かったですね。このバーの創業者が、周りに店などないこの地を選んだのは卓見だったと思います。私は知人に連れられて来たんですけど、中に入って目を見張りました。まるで船のキャビンですからね。人が人を連れて来る…創業者はきっとそう考えて、この場所を選んだんでしょう」
彼とは、ビリー・ホリデイや、そのほかのミュージシャンの話題でかなり盛り上がった。とても楽しいひとときだった。自分の考えを押し付けることもなく、僕の話をまばたきもせずに聞いてくれた。もちろん、上から目線など全然ない。そんな態度に、とても気遣いする方だと好印象を持った。
やがて彼が席を立ち「じゃあ、私はお先に。どうぞゆっくりしていってください」
「お相手してくださってありがとうございます。またいつかお会い出来たら光栄です」
すらっと僕より背の高い彼は、ドアのところで僕を振り返り、軽く手を挙げてくださった。僕は立ち上がって頭を下げた。
思いがけず楽しいひとときを持てたので、当然、マスターに言った。
「あのかた、かっこいいですねえ。すごくダンディーで言葉使いも丁寧で、しかも、とても気遣いされるので嬉しくなりました。彼、きっとモテるんじゃないですか?」
「ええ、そうなんです。彼のファンは多いですよ。でも、ここには誰彼なく連れて来ないですね。彼が連れてくる方は、どなたもいい方ばかりです」
「何をされてる方ですか?」
「う〜ん、いろんなことをしてきた人だけど、今は作家ですね。元々CMディレクターをしておられたけど、作詞もしてましたよ。近藤真彦って歌手知ってます? 彼のヒット曲で〈ギンギラギンにさりげなく〉ってのは彼の作詞です」
三代目だというマスターは、やや躊躇したあと、思い切ったように言った…
「夏目雅子ってご存知ですか?」「ああ、カネボウのポスターのモデルだった方ですね。懐かしいですね。砂浜での小麦色の肌、すごく新鮮だったのを覚えています。あのポスター、よく盗まれたんですってね」
「今の彼、その夏目雅子のご主人だった方です」
「エッ!?」
その時、僕は、その彼、伊集院静氏の名前は知らなかった。が、後年、週刊誌などに連載されていた彼のエッセイはよく読むようになった。常に、見識のある、しかも心遣いを感じる文章だった。
伊集院静氏は、昨年、2023年11月に逝去された。ご冥福を…
以上でした。
夏目雅子とくれば栗原小巻も思いだす・・、懐かしいですね。
昭和は遠くなりにけり~。
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