「一生の間、間断なく固執して作曲したジャンルに作曲家の本質が顕現している。ベートーヴェンは九つの交響曲、三十二のピアノ・ソナタ、16の弦楽カルテットに生涯の足跡を刻み込んだ。モーツァルトの真髄はオペラにあるが、同じく生涯にわたって作曲されたピアノ・ソナタは湧き出る欲求の赴くままに、報酬の当てもなく作られた故か、不思議な光芒を放って深夜の空に浮かんでいる。」(石堂 淑朗氏)
モーツァルトのピアノ・ソナタとは随分長く付き合ってきたが、たしかに“ご高説”のとおりこのジャンルほどモーツァルトの飾り気のない本心を物語っているものはない。
これらのソナタをきいているとモーツァルトがボソボソと何気なく洩らす“独白”に対して、つい「ウン、ウン、そうか、そうか」と自然に相づちをうっているような気になってしまうから不思議。
これまでグールド、アラウ、内田光子、ギーゼキング、シフ、ピリスなどの全集物を次から次に買い求めてひたすらきき耽ってきた。レコード盤にたとえると、グールド盤はそれこそ擦り切れるほど聴いたが、さすがに15番以降はあまりに個性が強過ぎてついていけない。
その点、ピリスはすべてに亘って中庸を心得ており、それでいてちゃんと“きかせどころ”を知っているのでまったく心憎いほどの“うまさ”である。去る4月5日(土)に福岡から試聴にやってきたオーディオ仲間(高校の同級生たち3名)にもきいてもらったところ、大好評だった。
あまりの賛辞に「持って帰っていいよ」と、6枚組の全集を「U君」に貸していたところ、2週間と経たぬうちにU君宅の機器でコピーした盤を同封して返送してきた。
それには一つ注文が付いていて「オリジナル盤とコピー盤とを比較試聴して感想をきかせてほしい」。
お安い御用だとばかり、コピー盤をCDトランスポート「ワディア270」(以下「270」)に放り込んできこうとしたところ、トラック数の読み込みまではしたものの再生となると、“動かざること山の如し”。アレッ、おかしいなあ。このCDトランスポートは最近修繕してピックアップなどの交換をしたばかり。
「早くも故障したのか!」とあわてて「オリジナル盤」をかけたところ無事再生。このCD-R盤だけを拒否したのは明らかである。「270」を修繕する前にU君がコピーした別の曲目のCDーRは無事再生できたのにどうもおかしい。
とにかくU君にこの旨を報告したところ、次のような返信メールが届いた。
「ご存知かも知れませんが、CDトランスポートのピックアップは一つの光学レンズに赤色発光ダイオードとフォトセルがセットになっており、それぞれ光を送る役目と反射光を受ける役目を果たしています。
そして、それぞれに調節機能を有しており、赤色発光ダイオードの場合は発光度合いを、フォトセルの場合は受光感度の調節が出来るようになっています。最終的には、フォトセルに入る光でデータを読み取る訳ですが、下記の3つの要素で最終的な受光感度が決まります。
1 赤色発光ダイオードの発光強度
2 CD(CD-R)の光反射率
3 フォトセルの受光感度
ここで問題は、2のCD(CD-R)の光反射率です。通常の市販CDは反射面にアルミ蒸着膜を使用しており、これの反射率を100%としていますが、CDーRやCD-RWは有機色素等の反射面のために反射率が低く、CD-Rで60%前後、CD-RWで30%前後だったと記憶しています。
修繕した今回のトランスポートが特定のCD-Rを読まなくなったのは受光感度を下げた(CD専用に近づけた)ため、より反射率の高いCD-Rメディアにしか反応しなくなったからではないでしょうか。
例えば、閾値(しきいち)が反射率70%付近相当とすると、反射率70%以上のCD-Rは読めるが、それ以下のものは読めないという現象が生じます。なお、CD-Rの反射率60%というのは当方の記憶で、確かもう少し幅があったと思います。」
さすがに大学で機械科を専攻した「U君」、理路整然としていて実に分かりやすい。ただし、もう一つ疑問がある。我が家のコピー機(プレクスター)で録音したCD-Rは「270」の修繕前も後もきちんと再生できるのに、U君のCD-Rだけなぜ「270」の修繕後に再生できなくなったのだろうか。この旨を書いて、再度追い討ちをかけてみた。
すると、すかさず次のような返答があった。
「〇〇君から頂いたCDに記録された情報を特殊なソフトで調べてみると“RiTEK Corporation / Philips /Maxell / Lacie / Tevion / Memorex / TDK / CMC”と表示されますので、CD-Rメディア自体は、RiTEK が製造メーカーで、その他はRiTEKからOEM供給を受けているメーカーと分かります。
〇〇君が使用しているメディアは、上記のどれかのブランドが「音楽録音用・高音質録音」と銘打って発売しているものだと思われます。当方が使用しているCD-Rには、“Gigastorage Corporation / Eastman Kodak Company”と記録されており、台湾の Gigastorage が製造メーカーです。
メディアの基盤となる樹脂ポリカーボネートはメーカー間で余り差はない(実際には屈折率等色々ありそうですが)ようですが、一番の違いは塗布されている色素です。これは、CD-R を焼くときにはどれ位のレーザーパワーで焼くかCD-R を読み出す時にはどれ位の光強度にするとフォトセルが少ないエラーで読み取れるかという問題です。
ちなみに、前者(焼く時)の場合、推奨レーザーパワーは〇〇君の使用する RiTEK は4mW、当方分は 5mW と刻まれており、塗布された色素が違うことが分かります。この色素の違いは、当然ながら反射率の違いとなり、微妙なところで“読める・読めない”の違いが出てくるものと思われます。」
というわけで見事に疑問が氷解。U君、どうもありがとう。いただいたピリスのCD-Rは車載オーディオで使うことにしま~す。