「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

「道の駅」巡り

2024年11月15日 | 独り言

前回からの続きです。

「稲尾記念館」の見学が済んで、次は「別府市竹細工伝統産業会館」へ場所を移した。なぜかは知らないが別府は古くから竹細工が盛んだったそう。



館内は撮影禁止の作品が多かったが、辛うじて「撮影OK」だったのがこの二つ。





すっかり見とれてしまいました。

以上で初日の日程は終了して、ホテルまで二人を送り届けたが、ホテル内は中国人、韓国人、そして欧米人でごった返していた。コロナ騒動が済んで確実に別府のホテルは持ち直している模様。

そして、夜の会食はホテルの1階のレストランで17時半から開始~。

談論風発~、飲み会は年に1~2回なので実に楽しかった。「R18」もどきのきわどい話を沢山したが娘がこのブログに目を通しているので披露するのは止めておこう(笑)。

3時間ほどでお開きになって「明日は9時半に迎えに来るからね~」。

そして翌日(14日)は県内の3か所の「道の駅巡り」をした。

最初は、今年(2024年)の5月に開設したばかりの「道の駅たのうらら」(大分市)。「たのうらら」とは奇妙な名称だが「田ノ浦」という地名なのでそれにあやかったらしい。



画面右側が別府方面になり、丁度、両市の境目あたりになる。

別府湾に面して、県の主要幹線になる国道10号線沿いに建てられており、二階の展望台から眺める広大な海への眺望も抜群だった。ブログ主も初めてだったが、予想以上の素晴らしさ~。

一同、異口同音に「一般的な道の駅のレベルをはるかに超えてるね~、さすがにいちばん新しく建設されただけのことはある」

品数も豊富で、さっそく大喜びの「T」君(横浜)があれやこれや段ボールに詰め込んで奥さん宛て送付していた。

30分ほどで切り上げて、次は宇目町の道の駅へ。クルマで1時間半ぐらいかかるが、道中は雑談ばかりなのでいっこうに退屈しない。



昼食したレストランからの眺望で「深山幽谷」の地である。

「都会の喧騒を離れてこういうところに住むのもいいなあ・・」と、感傷的なTくん、「な~に、すぐ飽きるよ」とはリアリストのブログ主(笑)。

続いて、帰り道沿いにある「道の駅みえ」に20分ほどで到着。個人的には「紫芋」を当てにしていたのだが、早くもシーズンが終了した模様・・、残念。

農産品が豊富だったが、さして目ぼしいものもなく帰路に就いた。

「帰りの電車は何時?」「3時50分だよ」「ああ、それなら時間があるので我が家に立ち寄って昨日とは違うスピーカーを聴いてもらおうかな」

帰りは高速道を利用したので20分ぐらい短縮できたかな~。

昨日(13日)聴いてもらったスピーカーは「スーパー10」だったので、今日は「AXIOM80」を聴いてもらうことにした。

  

「昨日のスピーカーも良かったけど、これはまるで次元が違う気がする。小椋佳がまるで目の前で歌っているようで、手を伸ばせば届きそうな感じ。録音現場の空気感まで再現できるみたいでこれは凄い・・、いやあ、驚いた!」

オーディオの素人さんでも、どうやらわかるらしい~(笑)。

「このスピーカーを聴くとほかのスピーカーを聴くのが嫌になるので日頃はなるべく聴かないようにしているんだよねえ。他人がどんなスピーカーを使っていようと、まったくうらやましいとは思わないので精神衛生上はすこぶるいいね」

「贅沢だなあ~」「まあね・・、50年間 悪戦苦闘 してきたのでそのご褒美だと思ってるよ」

あっという間に電車の出発時間が迫ってきた。

「来年も来たいのでよろしく~」「ああ、楽しみに待ってるよ~」



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友あり、遠方より来たる

2024年11月14日 | オーディオ談義

昨日(13日)は高校時代の同窓の友人2名が我が家に来てくれた。何せ横浜と佐賀(「O君」)からだから、遠方もいいところ~。

ちなみに、横浜の「T」君はカメラが趣味で、いつもこのブログの末尾を飾ってくれている写真は彼が撮ったものです。カメラは「ニコン」の上級品、そして「ニコン カレッジ」に長年通っていて、その費用はカメラ代を軽く上回っているという。

ハードよりもソフトにお金をかける・・、これって上達の極意じゃないかな~。誰か「オーディオ カレッジ」を開設してくれないかな(笑)。

それはさておき、数日前からオーディオルームの整理整頓に余念がなかった。こういうときじゃないと、片付けにヤル気が出てこないので絶好の機会ではある。

まずは、当日出番がやってきそうにないアンプやスピーカーを隣の応接間に移動させた。


いつもは眉を顰める家人もお客さんのためだと判っているので、さすがに文句を言わない。しかし、味をしめてそのままにしておくと2週間ほど経ってから「いい加減にしてよ~」と、キツイ小言がやってくる(笑)。

当日は博多駅経由で11時53分の到着なので別府駅まで迎えに行った。

15分ほどで我が家に到着して、昼食をしながらさっそくオーディオを聴いてもらった。

「何度見ても凄いなあ・・、高校の同窓生でこんなに凝っているのは君だけだよ」「いやあ、下手の横好きってもんでね~」。

T君が前回やってきたときに置いていったのがこのCD群。



ポピュラー音楽が中心なので、聴いてもらうスピーカーはフルレンジがいいだろう、ということで「スーパー10」(ワーフェデール:赤帯マグネット付き)にした。アンプは久しぶりに古典管「PP5/400」(英国エジソン・マツダ)シングルの出番となった。

英国同士の組み合わせ・・、「品の良さ」を念頭に「ブリティッシュ・トーン」でいこう。



最初はT君が持参したCD(レディ・ガガ)を聴いたが、「いつもCDをきいてるの?」「いや、最近はYou Tubeばかりだよ」「それならぜひYouを聴かせてよ~」「ああいいよ~」



保存していた「小椋 佳」にお二人さんとも拍手喝采・・、「やっぱりいい音で聴く小椋佳は格別だなあ」、そのうち「千賀かおるの真夜中のギターを聴きたいんだけど・・」「ああ、検索してみよう」

すぐに出てきたので聴いてもらったが、終了後に次から次に自動的に懐かしのヒット曲のオンパレード・・、「22歳の別れ」「木綿のハンカチーフ」「異邦人」などで、「You Tubeっていいなあ、帰ったらぜひ聴いてみるので操作を教えてよ~」「ああ、簡単だよ、リモコン一つでほら~」

という調子で大賑わいだった。2時間ほどしてから、今回のT君の別府行きの目的だった「稲尾記念館」へと移動した。

不世出の大投手「稲尾 和久」をご記憶だろうか?

現「ソフトバンク」の前身だった西鉄ライオンズ時代に活躍した投手で、別府市出身なので、その功績を記念して「別府市民球場」にその記念館がある。

何しろ、日本シリ~ズで驚異の4連投をして勝利に導き、当時「神様、仏様、稲尾様」と称された選手である。

当時は投手が酷使されていた時代・・、連投につぐ連投で肩を痛めてしまい選手生命は比較的短かったが記録ではなく記憶に残る投手だった。とはいえ、生涯防御率「1.98」は前人未到の大記録として燦然と輝いている。

現在の投手はといえば、せいぜい5回~6回まで投げて上がり、そして4日ほど休養という贅沢なローテーションとはまさに雲泥の違いである。

ちなみに、「O」君によると、過去の映像をもとに現代の精密機器で稲尾投手の球速を測ったところ「148km」ぐらいだが、カーブ、スライダー、シュートの切れ味が抜群だったそうだ。針の穴を通すようなコントロールの良さはもう言わずもがな~。

口上はこのくらいにしておこう。

  

     

 

かなり希少な写真だと思いますよ。中央に「長嶋茂雄」、その脇には「中村金之助」と「有馬稲子」(?)、右端は「野村」と「岸恵子」、左端が「稲尾」、そして手前で振り返っているのが「王貞治」・・。

錚々たるメンバーだと思いますよ!

お二人さんとも「別府に来たかいがあった」と大喜びでした。特に「T君」は、幼少のときから西鉄時代の平和台球場の近くに住んでいて「稲尾」は神様扱いで思いも ひとしお だっただけに格別。

実はブログ主も初めてこの記念館に訪れた次第で、「灯台下(もと)暗し」とはこのことかな~、実は生粋の別府人ではないのも一因(笑)。

そして、次は道路を挟んですぐの向かい側にある「別府市竹細工伝統産業会館」へと場所を移した。



以下、続く。

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貴重な写真のご提供に感謝します

2024年11月13日 | 独り言

昨日(12日)の記事「麻雀の極意は人生全般に通じる」は、日頃のオーディオ記事なんか足元にも及ばないような好評(アクセス)ぶりでした。

読者はこういう記事を望んでいると分かっちゃいるけど・・、オーディオ記事を止めるつもりはいっさいない、もうこうなると意地ですね~(笑)。

で、この記事のどこが共感を呼んだかといえば、やはり人生に付きものの「運」に対する対処の仕方でしょうか。

結論からいえば「運は山あり谷ありのように周期をもって襲ってくるが、最終的には誰にも公平で帳尻が合うことになっている」

若い頃、麻雀に熱中していた時に「運の周期」にはとことん悩まされた。

ツイてないときはどうもがいてもまったくダメ、ところがじっと我慢して耐え忍んでいると、いつのまにかツキが戻ってくる。

で、そもそも、その周期がどうして起こるのかは今もって大きな「謎」である。もう人知の及ばないところ、いわば神様の思し召しとしか言いようがない・・、嫌でもなんでもその「周期」を素直に受け入れるしかないということを学んだ、つもり。

人生も似たようなものじゃないかなあ~(笑)。

そこで、国民民主党の党首の「玉木」さん・・、このたび不倫が発覚してこれから運気が下ることになるかもね~、それにしても拝見する限り、相手が知性のかけらもないような「グラドル」出身とは恐れ入りました。

「へその下に人格無し」とはいうものの、東大法学部出身の肩書が泣きますぞ(笑)。

さて、「麻雀・・」の記事に関して、さっそく南スコットランド在住の「ウマ」さんからお便りがありました。紹介させていただきます。

「登場人物のほぼすべてが大阪弁を喋るのが黒川さんの小説ですね。
その黒川さんと親しくお話ししたことがありました。もう30年以上前のことです。
僕の親友の漫画家、ありむら潜の出版記念のパーティーでお会いしました。直木賞を受賞された高村薫さんも同席しました。黒川さん高村さんとも僕と同じテーブルで、随分話が弾みました。そのとき、出席者のほとんどが、黒川さんを作家だと知りませんでした。「マークスの山」で直木賞を取られた高村さんのことは、皆さんご存知でしたが。
 
写真、向かって左から三人目が高村薫さん、一人おいて背の高いのが黒川さんです。僕は最前列右端でしゃがんでます。
 
かなり以前の週刊誌 (多分、週刊ポスト?)に「運のいい人、とことん悪い人」の特集があり、麻雀の達人で負け知らずの方が紹介されてました。その方がお弟子さんたちに述べたコメントは今でもよく覚えています。
「とにかく人のために尽くせ。常に人のことを考えろ。電車に乗ってて、お年寄り、身重の方などが乗ってきたら、即、席を譲れ。一瞬たりとも躊躇したらダメだ」
 
このコメントは正しいと思います。実は、思い当たることがあるんです。例えば…
 
僕の親友で日本フィルの名ヴァイオリニスト木野雅之は、とにかく人のために尽くす人です。ソロ・コンサートマスターとしての立場を超えて、楽団員のお世話を親身になってしています。楽団員から直接聞いた話ですが「あんなに人の世話をする人はいない」
災害が起こると、楽団員全員の両手に、ペットボトルの水を持てるだけ持たせて、災害地へ飛んで行きます。被災地で何が必要なのか知ってるんですね。東日本大震災の時は、何度もチャリティーコンサートを開き、被災地でヴァイオリンを無くした子供達にヴァイオリンを買い与え「こんな時こそ音楽が必要」と、ヴァイオリンの指導までしていたのを思い出します。
スコットランドでも、来るたびにコンサートを催してくれるけど、収益金は、自分は1円も取らず、毎回、全額、被災地へ届けてました。
で、コロナ禍で、多くの音楽家が困窮しましたが、彼には仕事が途切れることなく、とても忙しくしていたのを思い出します。とにかく利他的行為をする方に「グッドラック」がやってくるのは間違いないように思いますね。
 
よっしゃ、おいらも人のために尽くすぞ!とりあえず、女房の肩でも揉むか…」



貴重な写真のご提供、ありがとうございました。

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麻雀の極意は人生全般に通じる

2024年11月12日 | 読書コーナー

ミステリーを読むのも大好きだが、エッセイにも大いに心を魅かれる。

いわば、「虚構」と「リアリティ」の二刀流使いともいえる~(笑)。



このエッセイの著者は作家の「黒川博行」氏、(以下「氏」)。まだ一冊も読んだことがないが、直木賞を受賞されているとのこと。

何の前知識もないまま読む続けていくと、何とまあ、ありとあらゆる博打にのめり込む姿が映し出されている。いやあ、こんなハチャメチャな豪快な人が居るんだと驚きました!

誰かが「氏」を称して「黒い川を渡って博打に行く」(氏名から連想)という言葉に思わず腹を抱えて笑った。

さて、その博打の中でもいちばん熱中し歴史が長いのが「麻雀」だった。

ブログ主も学生の頃は大好きで友達と4人で卓をかこっていたが、概してカモられることが多くて弱かった。そのうち才能が無いことがわかって縁遠くなったが、今でも麻雀が強い人は「仕事が出来る」人が多いように思っている。

なぜなら、麻雀を打たせると性格がよく出ると言われており、「アクセル(攻撃)とブレーキ(防御)の適度な調整」「場の雰囲気の読み方」「運勢を味方にするコツ」などが必要とされている競技だから~。

以前のこと、どこかの会社が入社試験で「麻雀大会」をして、上位者に「特別枠」を設けて入社させていると読んだことがあり、この会社の上層部は非常に分かっていると、思わず膝を叩いたことだった(笑)。

さて、本書である。

氏は「麻雀の達人」である。何しろ、他の賭け事で負けた損失を麻雀で一挙に取り返すんだから恐れおののく~。

本書の中に小節「麻雀は運を予想するゲーム」という下りがある。(126頁)

要所を抜き書きすると、

〇 星占いも血液型診断も信じないし、方角がどうとか干支がどうとかいうゲン担ぎもジンクスもいっさい信じません。ただ、麻雀に関してはその日のツキとか場所のツキといったもは確かにある、と思います。

〇 将棋も大好きだが運が勝負を決めることはほとんどない。でも麻雀はツイてれば勝てる。将棋は初心者が高段者に勝つことは絶対にないが、麻雀ならあり得る。だから面白い。

〇 ただツキはずっと続くわけではない。長時間打ち続けると必ず上級者の方が勝つ。技術の差が出る。麻雀の技術には手牌を切る、止めるといった「手牌の技術」と「運を扱う技術」がある。ツイているときはその波に乗り続けて運を落とさない、ツイていないときは傷を最小限に抑えて運を呼び込む、といった、テクニックです。そこで大事なのが「いかにミスをしないか」

〇 ツイているときにミスをすれば自分のツキが落ちて相手に移ってしまう。ツていないときは傷が深くなる。つまるところ麻雀は運のやり取り、奪い合いです。

〇 麻雀って予想のゲームやと思うんです。この牌がきたからこう打つではなくて、どの牌が来たらどう打つか、どの牌が場に出たらどう対処するかをずっと予想しながら打つ遊びなんですよ。

〇 麻雀は想定した一番いい形になるかどうかが運、ツキですよね。ただ基本的には想定しないことが起きるという前提のもとに打たないといけない。自分が想定した最上ではなく、何番目かの牌が来たときにどうするかを考えて準備しておくのが麻雀における技術です。

という調子で延々と続く。

結局・・、「運」のやり取りって麻雀だけではなくて世の中や人生全般に言えることじゃないかあ~、ブログ主には思い当たることが多いです(笑)。

あっ、そうそう、先日の「ワールドシリーズ」のヤンキースとドジャースの対戦の第5戦目、ヤンキースが5点リードしていたのに、守備のミスを3つ続けたせいで運を手放してしまい、同点に追い付かれ最後には敗戦に追い込まれたことは記憶に新しい。

イチローさんが現役時代に「野球はミスをした方が負け!」と言ってたが、その通りとなった。

ミスをする、しないが運を取り扱うコツのようですね~。

なお、本書の中で、「麻雀仲間」として「鷺沢 萌」(さぎさわ めぐむ、通称「めめ」)という女流作家が登場する。氏を相手に堂々と勝つのだから相当な打ち手である。

「めめは生き急いだ。35年の人生に多くのことを凝縮しすぎた」とあったので、ふと興味を覚えてググってみた。

「最年少で文学賞を受賞するなど注目の作家だった。当初は心臓麻痺との発表だったが、実は縊死だった。長年、うつ病を患っていた。在日韓国人で、祖母の隠しておきたい部分に触れたことを書いたら親族から総攻撃にあった。」

歴史作家の「吉村 昭」さんも、エッセイの中で「親族に触れたことを書いたら、えらく腹を立てられた」というのがあったので、「迷惑をかえりみず、つい筆が走ってしまう・・」これは作家の業というものかもしれないですね。

まったく次元の低い話だがこのブログでは小心翼々として他人の傷口には絶対に触れないように心掛けているが、それが本格的な「物書き」になれない証左のようなものかな~(笑)。



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「くちなしの花」最終回~ウマさん便り~

2024年11月11日 | ウマさん便り

南スコットランドの粋人「ウマさん」からメールが届きました。前回の「くちなしの花」の最終回です。

「いいですね、ストレート・ノーチェイサー!」
その方が口にした言葉に、思わず仰け反りそうになった。
確かに僕のウィスキーの飲み方はストレート・ノーチェイサーだけど、まさか、ジャズのスタンダードになっている曲のタイトルを彼が口にするとは思ってもいなかった。

ジャズの歴史における巨人の一人で、数多くの名曲を書いたのが、ピアニストのセロニアス・モンク。その代表曲の一つが「ストレート・ノーチェイサー」です。彼のそのコメントを聞いて、この方はジャズを知ってるなと思った。さらに、そのあと、彼が言ったことには膝を叩いてしまった。
「くちなしの花って、ほら、ビリー・ホリデイが、よく耳に飾っていた花ですよ」
そうか!あの花、くちなしの花だったのか。
ビリー・ホリデイはよく花を耳に飾ってステージに立った。そんな写真は数多く残っている。

僕は、店のマスターとそのお客さんに、なぜ、僕がこのバーに入って来たかを説明した。
「1970年春に、すぐそこの南青山4丁目に住み始めたんですが、その頃から、この石垣沿いにあるこの店の木のドアが気になってたんです。今、スコットランドに住んでるんですけど、実に久しぶりにこの街に来て、この通りを歩いてみたら、なんと、昔のままにドアがあるじゃないですか。いやあ、もう、驚くやら嬉しいやら…。それで少し迷ったんですけど、思い切ってドアを開けたんです。そしたら、素晴らしいバーだったんで、もう感激してしまって…」

「それは良かったですね。このバーの創業者が、周りに店などないこの地を選んだのは卓見だったと思います。私は知人に連れられて来たんですけど、中に入って目を見張りました。まるで船のキャビンですからね。人が人を連れて来る…創業者はきっとそう考えて、この場所を選んだんでしょう」

彼とは、ビリー・ホリデイや、そのほかのミュージシャンの話題でかなり盛り上がった。とても楽しいひとときだった。自分の考えを押し付けることもなく、僕の話をまばたきもせずに聞いてくれた。もちろん、上から目線など全然ない。そんな態度に、とても気遣いする方だと好印象を持った。

やがて彼が席を立ち「じゃあ、私はお先に。どうぞゆっくりしていってください」
「お相手してくださってありがとうございます。またいつかお会い出来たら光栄です」
すらっと僕より背の高い彼は、ドアのところで僕を振り返り、軽く手を挙げてくださった。僕は立ち上がって頭を下げた。

思いがけず楽しいひとときを持てたので、当然、マスターに言った。
「あのかた、かっこいいですねえ。すごくダンディーで言葉使いも丁寧で、しかも、とても気遣いされるので嬉しくなりました。彼、きっとモテるんじゃないですか?」
「ええ、そうなんです。彼のファンは多いですよ。でも、ここには誰彼なく連れて来ないですね。彼が連れてくる方は、どなたもいい方ばかりです」

「何をされてる方ですか?」
「う〜ん、いろんなことをしてきた人だけど、今は作家ですね。元々CMディレクターをしておられたけど、作詞もしてましたよ。近藤真彦って歌手知ってます? 彼のヒット曲で〈ギンギラギンにさりげなく〉ってのは彼の作詞です」

三代目だというマスターは、やや躊躇したあと、思い切ったように言った…
「夏目雅子ってご存知ですか?」「ああ、カネボウのポスターのモデルだった方ですね。懐かしいですね。砂浜での小麦色の肌、すごく新鮮だったのを覚えています。あのポスター、よく盗まれたんですってね」
「今の彼、その夏目雅子のご主人だった方です」
「エッ!?」

その時、僕は、その彼、伊集院静氏の名前は知らなかった。が、後年、週刊誌などに連載されていた彼のエッセイはよく読むようになった。常に、見識のある、しかも心遣いを感じる文章だった。
伊集院静氏は、昨年、2023年11月に逝去された。ご冥福を…

以上でした。

夏目雅子とくれば栗原小巻も思いだす・・、懐かしいですね。

昭和は遠くなりにけり~。

            

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「選択肢を増やす」 → 「質の向上」

2024年11月10日 | オーディオ談義

我が家だけの現象かもしれないが大好きな音楽に聴き惚れていると、もしかしてこのシステムがどこか故障したらどうしようと、不安というか脅迫観念に苛まれることがままある。

大切なものを失いたくない気持ちは誰にでもあると思うが、所詮は機器の組み合わせの羅列だから故障して当然という気持ちもある。

たとえば、我が家の例を述べてみると「テレビ」(You Tube) → 「DAC」 → 「プリアンプ」 → 「パワーアンプ」 → 「スピーカー」といった流れだが、このうち一つでも不調を来すと途端に「好きな音」が失われてしまう。

とりわけ、消耗品の真空管を使っている「プリアンプ」と「パワ―アンプ」はいずれは(真空管の)交換という憂き目が確実に待っている。

そして、真空管以外でも故障した時の不安を少しでも打ち消すために「スペア」の確保に常時余念がないところ。

DACが4台、プリアンプが4台、パワーアンプが10台、スピーカーが6系統、そして小物の真空管の予備は数知れず・・、いや、けっして自慢するつもりはないです、それだけ「心配性」ということを分かってもらうために列挙しただけ~。

そして、これだけスペアがあるといろいろと組み合わせて楽しみたくなるのも必然の成り行きですよね(笑)。

選択肢が増えれば増えるほど質が向上するのが世の習い・・、
大学受験、就職先、伴侶の選択・・、そして「オーディオしかり」と枚挙に暇がない。



シンプルな2ウェイで楽しんでいたこのシステムだが、この「ドライバー」(コーラル)が故障したら困るなあ~という懸念が発端だった。

そこで、用心のために前もって違う組み合わせを準備しておこう・・、というわけで急きょ編成したのがこのシステム。



半日がかりの作業だったが、これはこれで優るとも劣らない音になったと思う。

例の薄板バッフル(5.5mm)騒動で、あえなく追放の憂き目に遭った「25cmウーファー」の出番が再度やってきたのがミソ~。

国産のデンオン製だが、さすがに「アルニコ・マグネット」の持ち主だけあって海外製にいっさい引けを取らない印象を受けた。

一言でいえばスッキリ、爽やかな音がする。オークションで格安で仕入れたユニットだけど、こういう「掘り出し物」
があるからオークションは止められない。

で、周波数の分担割合は次の通り。

「100ヘルツ以下」 → ウェストミンスター

「100~5000ヘルツ」 → 「25cmウーファー」

「5000ヘルツ以上」 → 「075ツィーター」(JBL)

これら3つのユニットを2台のプリアンプと3台のパワーアンプで駆動する。

ユニットの配置を「縦一文字」へ、そして「25cmウーファー」を耳の位置に持ってきたのがポイントだが、周波数レンジの広い理想的なフルレンジを聴いているような印象を受けるのはブログ主の贔屓目かなあ~(笑)。

各ユニットの振動版の位置にも腐心したが、まあこんなところでしょうよ。

ちなみに、100ヘルツの波長は音速が344m/秒だから、3.4m、1000ヘルツのときは34cm、1万ヘルツのときは3.4cm・・、で5000ヘルツのときは約7cmだから双方の隣接するユニットの振動版の位置がこの距離内に収まっていれば大過なし~、間違ってたらゴメンね(笑)。

で、「音楽ソース」は例によって「You Tube」だが、いきなり画面に提示してきたのがモーツァルトの「ヴィオリン協奏曲・1番~5番」。



ヴァイオリニストは「クリストフ・バラティ」・・、はじめて聴く演奏家である。

耳を澄ましてみると、う~ん、これはいい・・、ブログ主の琴線に触れてきましたぞ~(笑)。

急いで、ネットで調べてみると録音は2015年で、何と9年前の演奏だった。こういう演奏を知らなかったとは一生の不覚・・、同時に、ヨーロッパ音楽界の人材の豊富さと奥の深さを思い知らされる。

当年取って45歳だから技巧、音楽性とも脂の乗り切った年齢であり、使用しているヴァイオリンは1703年製の「ストラディヴァリ」、若年の頃に「パガニーニ国際コンクール」で優勝と、経歴にも非の打ち所がない。

ちなみに、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲の手持ちのCDは次の通り。

「グリュミオー」「オークレール」「クライスラー」「ハイフェッツ」「オイストラフ」「レーピン」「ムター」「シュタインバッハ」

この中でいちばん世評が高いのは「グリュミオー」で、とりわけ第5番の「第二楽章」は「霊妙な美しさを湛えている」との評判。

しかし、ブログ主がいちばん好きなのは「第4番」でモーツァルト特有の「澄み切った秋の青空のような透明感」と「涙が追い付かない悲しみ」が横溢している。

そして「バラティ」の演奏は、上記のいずれの大家にも優るとも劣らずで安心して聴けます。気が向いた方はぜひご一聴をお薦めします~。



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趣味の効用

2024年11月09日 | 独り言

いつぞやのこと、九州工大の68歳の大学教授が東京の風俗店の従業員を自宅の前で待ち伏せするなどし、ストーカー容疑で逮捕されたと報じていた。

エッ、大学教授ともあろうものが・・!

近年、中高年のストーカーが増えているそうで、たとえばコンビニで釣銭を受け取るときに、女性店員が手を包み込むようにやさしく渡してくれたので自分に好意を持っていると勘違いし、以後見境なく追いかけ回す事例などを挙げていた。

近年「老いらくの恋」という言葉を滅多に聞かないと思っていたら、現代では元気のいい中高年が増えたせいか「ストーカー」という直接行動に打って出ている模様(笑)。

もともとストーカーになるにはそれなりの素質があるそうでテレビで5点ほどあげていた。メモするのが面倒くさかったので、あとでネットでググってみたところ次の通りだった。

 恋愛経験があまりない

 仕事や趣味など打ち込めるものが何もない


 暇で時間を持て余している


 心の通じる家族や友人がいない


 1日に誰とも話さないことがある

素質というよりも、むしろ本人を取り巻く環境という方が正しいと思うが、関連のツィッターでも「ヤバイ、ほとんど当てはまる!」という中高年男性たちの悲鳴が満載(笑)。

ふと思ったのだが、これらは何だか「認知症」対策にも当てはまるみたいな気がしている。


さて、他人は別にしてブログ主はどうなんだろう?

この5つの要件について検証してみることにしよう。

まずは他県在住の娘がこのブログを「父親の無事の便り」として目を通しているので過去の経験に言及するのはちょっとヤバイ。「君子危うきに近寄らず」でパス(笑)。

次に

打ち込める趣味と言えば言わずと知れた「音楽&オーディオ」である。

とてもマイナーな趣味だしスポーツなんかと違って極めて「お宅っぽい」ので、堂々と胸を張って言えないところがつらいが、この趣味のおかげで時間を忘れて一心不乱になれるところがとてもいい。

図書館から借りてきた「九州ジャズロード」は九州の各県ごとの有名なジャズ喫茶を網羅した本だが、この中で「この音楽を知らずに一生を終えるのは、人生最高の幸せを失うことになる」(アート・ブレイキー)という名言があった。

                    

オーディオだってそうで「この音を知らずに・・」とばかりに、追及し研究しているが「これでお仕舞い」ということがないので飽きることがない。

次から次にアンプやスピーカー、そして真空管に目移りしているが「どれもこれも同じ音でしょう!」と、家内なんぞはもう呆れ果てを通り越して諦めている(笑)。


しかし、やっている当人にとってはいわば「五里霧中」とでもいうべき泥沼状態が不思議な快感を伴っているからこたえられない。「これ以上面白い趣味があったら教えてくれ~」と言いたくなるほど~。

次にについて。

2とも関連するが毎日、暇を持て余すということがいっさいない。

早朝の「朝飯前」のブログ作成に始まって、音楽&オーディオ、そして読書、気になったテレビ番組の録画後の視聴、定時の有酸素運動などで一日があっという間に過ぎてゆく。

「もっと時間があったらいいのになあ」が、いつもの口癖。


次にについて。

現役時代と違って社会生活の範囲が狭まると、必然的に交際範囲も限られてくる。

社交的な家人と違って、自分はやや人見知りする方なので気軽に人の輪の中に入っていけるタイプではないが、クラシック音楽とオーディオとなると話は別でどなたとでも気軽に話せる自信がある。

現在のところ、専ら、お付き合いが深いのはオーディオ仲間たちで情報交換を兼ねて電話のやり取りや試聴会が楽しい。

いずれも真空管に造詣の深い仲間たちだが、「球転がし」や「アンプ転がし」を通じてオーディオの奥深さをいつも実感している。

それに、ありがたいことに全国津々浦々の、そして海外のメル友さんにも恵まれて、背景となるお国柄を想像しながら返信するのがこれまた楽しからずや。

次にについて。

「1日に誰とも話さないことがある」は、5つの要件のうち一番該当しそうでついドキリとしてしまった。

もちろん家人やウォーキング中の近隣の方たちとの会話は別だけどね~。

以上、こうして分析してみると趣味がらみのおかげでストーカーにもならず、パチンコや競馬などの賭け事にも手を染める余裕もなく、まさにこれは趣味の効用といっていいだろう。

そういうわけで、家内に向かって「おい、お前は俺のオーディオ趣味を煙たがっているがこんなにいい面もあるんだぞ。」と言ってやったところ、一笑に付してこう返してきた。

「あらっ、あなたにストーカーになれるほどの情熱がまだ残っているの?」

ウ~ム、敵もさるもので意外な盲点を突いてきた・・(笑)。



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いい音 いい音楽 そして 良質のミステリー

2024年11月08日 | 読書コーナー

つい先日のブログ「ミステリーの手練れ」にこう記していたことをご記憶だろうか?

「本書の中で冒頭に「押さえておきたい古典10選」というのがあった。

秋の夜長にミステリーに読み耽るのも一興です。未読の方はぜひ~。

ヴァン・ダイン「グリーン家殺人事件」、アガサ・クリスティー「ABC殺人事件」「杉の柩(ひつぎ)」、エラリー・クイーン「エジプト十字架の謎」「Yの悲劇」、ウィリアム・L・デアンドリア「ホッグ連続殺人」、ドロシー・L・セイヤーズ「ナイン・テーラーズ」、横溝正史「獄門島」、高木彬光「刺青殺人事件」、島田荘司「奇想、天を動かす」

このなかでブログ主の未読は「杉の柩」「ナイン・テーラーズ」「奇想、天を動かす」の3冊です。

というわけで、「善は急げ」とばかり図書館に駆けつけて、ようやく未読の内の2冊をゲットしました。



そして、2日がかりでまず「奇想、天を動かす」の方を読破しました。いやあ、実に面白かった。読者レヴューから引用させてもらおう。

「奇想天外・驚天動地・天変地異 不可能犯罪ここに極まれりですね。 今まで密室殺人、死者の亡霊、人間消失、列車消失と数々の不可能状況を演出してきた作者はシリーズ10作目で「もうこれ流石にオカルトに頼らないと解決不可能だろ」ってレベルの謎を提示してきます。

特に"トイレからの人間消失"の不可能っぷりには蟻の這い出る隙間もありません。あるけど。 遊郭の情景描写や社会的背景の蘊蓄、『冤罪』や『日本人の罪』をテーマにした社会派要素、最後の吉敷竹史(刑事)の信念など島荘ベストに上げる方がいるのも納得です。」

たしかに奇想天外、壮大なトリックの展開に著者がいったいどういう「落とし前」を付けていくのか、興味津々のまま夢中で読み耽りました。

さすがに「中山七里」さん推しの「ミステリーの古典ベスト10」
に入るほどの傑作です。否応(いやおう)なく納得させられました。

やはり「読書の秋」には良質のミステリーが似合っている。きっと「杉の柩」(クリスティー)も面白いことだろう。

そして、読書の最中に聴き耽っていたのが「レグラ・ミューレマン」のソプラノ特集。「You Tube」はメチャ便利がいいです。放っておいても次々に歌ってくれます。安定した音程、美しい声・・、まったく非の打ちどころのない歌手ですね。



そして、肝心のオーディオ~。

久しぶりに「薄板バッフル」から解き放されて大型システムに回帰しました。



ウェストミンスターを「ムンドルフ」(ドイツ)のコイルで100ヘルツあたりでハイカットして超低音域だけを受け持たせる。

その上の周波数は「コーラル」の「ドライバーM103」と「マルチ・セルラー・ウッドホーン」で受け持たせる作戦が見事に功を奏した。(と、思う~笑~)

金属のダイヤフラムの音はせいぜい1000ヘルツ以上で受け持たせるべきだと思っていたが、それは間違いでしたね。

実に、スッキリ爽やかな音で懸念していた弦楽器も十分こなしてくれるのには驚いた。

これは駆動するアンプのせいかもしれない。



右側が「100ヘルツ以下」を受け持つ「TRアンプ」。

左側が「600ヘルツ以上」を受け持つ小出力の真空管アンプで「オールなす管」仕様。

左から「AC/HL」(英国:エジソン・マツダ)、出力管「LS7」(英国:GEC)、整流管「OKーX213」(メッシュ・プレート)

知る人ぞ知る「古典管」のオンパレードで、佇まいが良くて上品な雰囲気の再現に秀でたアンプです。高能率の「100db」クラスのドライバーにはもってこいですね。

オーディオ仲間の「Y」さんが「高音域の鮮度がいちばん素晴らしい」と、一押ししてくれたアンプです。

いい音、いい音楽、そして良質のミステリーが「三位一体」(さんみいったい)となった「至福のひと時」を過ごせました。

晩年になって こういう幸せ に恵まれるなんて実に運がいい人生だと、ようやく思えてきましたぞ・・(笑)。



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好事魔多し → ピンチはチャンス

2024年11月07日 | オーディオ談義

「好事魔多し」(こうじ ま おおし)とは・・、ご存知の方も多いと思うが、「物事がうまく進んでいるときほど、意外なところに落とし穴がある」ということわざです。

このところ、オーディオで快進撃を続けていた積りだったら意外なところに「落とし穴」があったというお話です~(笑)。

板厚「5.5mm」へのバッフル交換・・、手始めに「AXIOM80」で味を占め、「スーパー10」で調子に乗って、次は「TRIAXIOM」(グッドマン:同軸3ウェイ)へと順調に加速したのはすでに既述通り。

ところが・・、困ったことに「TRIAXIOM」からノイズが発生しだしたのである。原因は高音域の調整に付いている「アッテネーター」の接触不良である。

なにしろ、60年ほど前のユニットだから故障して当たり前なのかもしれない、それに常時出現するノイズでもなく気になるほどではないのだが、そうはいってもウ~ン・・、やはり気になる(笑)。

とうとう、「TRIAXIOM」を外して、同じバッフルに同じグッドマンの「AXIOM150マークⅡ」(以下「マークⅡ」)を付けることにした。口径が同じ30cmなので簡単な話だけど、一つ隘路があって・・。

それは、「マークⅡ」のマグネットが大きくてメチャ重たいこと・・、マグネットが重たければ重たいほど音の立ち上がりと立下りが早い、つまり収束が早くなるので音が濁らず透明感が増す。

まあ、これは経験上の話だから異論もあるとは思うけど少なくとも我が家ではそう~。しかし、厚さ「5.5mm」の薄いバッフルに取り付けるとなると、強度が問題になる。

案の定、取り付けかかってみるとバッフルがふにゃふにゃになって、不安定なことこの上ない。それでも「無理が通れば道理が引っ込む」で、強行した。な~に、誰にも迷惑はかけないんだから(笑)。

そして、せっかく苦労して取り付けた後に、胸を弾ませながら音出しをしたところ、無情にも右チャンネルからノイズが発生~。

この「マークⅡ」は1年間ほど仕舞い込んでいたんだけど、その間に異常をきたしたのだろうか、それともバッフルがマグネットの重量に耐え切れれないせいだろうか?

しかし、左チャンネルはきちんと音が出ているんだから、やはりユニットの故障だろう~。

やれやれ、どうしようか・・、え~い面倒くさい、右チャンネルの「マークⅡ」を外して代わりに同じ口径「30cm」の「スーパー12」(ワーフェデール:赤帯マグネット付き)を取り付けてみよう。

この「スーパー12」はウェストミンスターに内蔵しているユニットと同じものだが、予備のためスペアとして保管していたものである。

ブランドが違うとはいえ、同じ英国勢同士だから似たようなもんだろう、非常に大雑把ですね~(笑)。

かくして左チャンネルは「マークⅡ」、右チャンネルは「スーパー12」という、世界で唯一のシステムが出来上がり~。さすがに、右と左のユニットが違うなんて我が家だけだろう。

    

実は・・、ブログ主の耳は左側が「利き耳」になっており、そのせいか右チャンネル側が聴きづらくて、いつもボリュームを左側に比べて上げ気味にしているので、これが吉と出るか凶と出るか・・。

ちなみに、両者とも「フルレンジ仕様」だけど、高音域が少し足りない気がするので、出番に恵まれない「075ツィーター」(JBL)をこれ幸いとばかり「7000ヘルツ~」あたりで追加している。

で、肝心の音である・・、驚いたことにほとんど左右のサウンドに違和感が無いのである!

「グッドマンとワーフェデールは根が一緒なのか」と思わせるほど相似している。ただし、音色の違いは「倍音」でほぼ決まるという話を小耳にはさんだことがあるので、ツィーターを追加したこともその一因かもしれない。

とはいえ、強いて言えば・・、「マークⅡ」の方が重厚な雰囲気を醸し出し、「スーパー12」の方は軽快で明るい雰囲気になるのは争えない~、そして、どちらも好みの音。

こうして、二つのブランドの音を同時に楽しめるなんてとてもありがたいことである。

深まりゆく秋の好日・・、まさに「好事魔多し → ピンチはチャンス」だったが、少しは「やせ我慢」も混じっているかもねえ(笑)。



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「くちなしの花」~ウマさん便り~

2024年11月06日 | ウマさん便り

粋人「ウマさん」(南スコットランド在住)から、久しぶりにお便りが届きましたのでご紹介します。

タイトルは「くちなしの花」

前々回の訪日だから、もう数年前のことになるかな。
東京で所用を終えたあと、時間があったので、昔住んでいた懐かしい南青山を訪れた。4丁目11番地の吉田さん宅の二階の四畳半に4年住んだけど、その家は跡形もなく、綺麗なファッションビルに変貌していた。

住んでいた当時から気になっていたことがあったので、外苑西通りから一つ西に入った通りに向かった。

この通りにはほとんど家がなく、人通りも少なく静かで、通りの西側には、やや傾斜した石垣が続いていた。
1970年春、この街に住み始めた頃、この通りを歩いて六本木へ行こうとしたことがあった。

しかし、途中で道に迷い、前を歩いている方に尋ねた。振り返ったその顔を見てびっくりや。なんと、伊丹十三さんなんです。彼は笑顔で丁寧に説明してくれた上「私もあっち方面へ行きますから、途中までご一緒しましょう」だって! 緊張したなあ。

「ヨーロッパ退屈日記、読ませて頂きました。とても面白かったです」
「ああ、あれ、読んでくれたんですか。嬉しいですねえ。ありがとう」
「美味しいスパゲティの作り方と食べ方、LとRの発音のコツ、それと、ジャガーではなくジャギュアですよ…は初めて知りました」
「あの本は、私の初めての本だったんですけど、最初ボツにされたんで、出版された時は嬉しかったですね」

その時の伊丹さんの装いは、迷彩服に編み上げブーツ…なんでそんな格好をしておられたのかな? 懐かしい想い出です。

さて、久しぶりの東京で、なぜ、石垣が連なるその通りを歩いたのか?
実は、その通りに、ポツンと、バーらしき店のドアがあり、ここはなんだろう?と興味を持ったのを覚えてたんです。いや、バーかどうかはわからないけど、とにかく、重厚な木のドアがあったんです。にじり口ほど低くはないけど、丸く弧を描くドアの上端は、僕の背丈ほどだった。当時、静かなその通りには、店などなかったように記憶している。

で、何年か振りで、その石垣が連なる通りを歩いたんだけど、あった! ありました。あの分厚そうな木のドアが、昔のままにあったんです。

いやあ、懐かしいなあ。縦に何列か鋲を打った厚そうなドアの上の方に、丸い船舶用の窓が、鉄格子と共にしつらえてある。

窓はうっすらとスモークがかけられていて、向こう側はよく見えないけど、ほのかに明かりが見えた。時間は午後7時過ぎ…バーを示す看板やサインがないどころか、なんの店かよくわからない。いや、店かどうかもわからない。

いったいこのドアの向こう側はなんだろう?興味をそそられるそのドアの前で僕は躊躇した。どうしよう?ドアを開けてみようか? 

ドアは内側に開いた…
左右にカウンターが広がっている。やっぱりバーや。
カウンターの右のほうにバーテンダーとおぼしき初老の方がいた。カウンターの、向かって左側はL字型に折れていて、そこに一人の男性客がいた。オーセンティックなバーでは常連客の席はほぼ決まっている。だから僕は勝手に席に着くという無作法はしない。

「初めてお邪魔します」
僕の顔を見て、一瞬、怪訝な顔つきになったバーテンダーは「どうぞこちらへ」と、カウンターのほぼ中央の席を示した。怪訝な顔つき…やはり一見の客は入ってこないバーなんですね。

店内は船のキャビンを模したウッディな造りで、やはり船舶用のランプが、天井から、程よい明るさでカウンターを灯している。バックバーの棚を眺める…なるほどシングルモルトの逸品が並んでいる。

が、ボトルの数を誇る雰囲気がないのは好感が持てる。いいバーだなあ…その落ち着いた雰囲気に非日常性を感じた僕は嬉しくなった。音楽はない。大の音楽好きの僕だけど、時に、音楽がない静寂もいいもんです。

「何になさいますか?」「まず、ビールを少しください」
バーでビールを注文する時、僕は「まず」を付ける。つまり、他のものも注文しますよというサインですね。

で、すかさず「ラガブリンの16年をよろしく」…バーテンダーは、一瞬、僕の顔を凝視した。そして「どのように入れましょうか?」「スニフターグラスに注いでください」「チェイサーはどうしましょう?」「いえ、結構です…」

僕の反応に、バーテンダーがやや微笑んだように見えた。
バックバーの棚にスニフターグラスを見た時は嬉しかった。スニフターグラスというのはウィスキーの香りを楽しむためのグラスで、ワイングラスをかなり小さくして上部を内側に絞り込んだ形をしている。もちろんストレートで飲む。

ウィスキーをストレートで飲む場合、水をチェイサーとして飲むのが普通だけど、僕はあまり好きじゃない。舌や喉を程よく刺激するウィスキーの芳香を水で台無しにしたくないんだよね。

ラガブリン16年は、ウィスキー評論家として世界的な評価を得ていた、故・マイケル・ジャクソン氏が、ウィスキー年鑑で最高点を与えた、スコットランドのウィスキーの聖地、アイラ島のウィスキーです。アイラには二度訪れたことがある。

バーテンダーの僕を見る目つきが明らかに変化した…(この客、知ってるな…)
この一連のやりとりを自慢話として受け取ってもらうのは本意じゃない。いつもの僕の作法なんです。

さて、L字型カウンターの端にいる客のそのすぐ向こう側に、かなり大きな寸胴型の花瓶があり、いくつもの大きな白い花が、ほのかな灯りの店内に、可憐ではあるけど、何かしら自己主張をしているように咲き誇っている。

ラガブリンを僕の前に置いてくれたバーテンダーに「きれいな花ですね。なんて言う花ですか?」
「ああ、これですか…」バーテンダーが花の名前を言おうとした、まさにその時、その白い花のそばにいた客が「これ、くちなしの花ですよ」と告げた。

僕はバーにいるほかの客に声をかけることはまずない。同様に、まともな客ならほかの客に声をかけない。この人は、僕とバーテンダーのやりとりを聞いていて、ひょっとして僕に興味?或いは好感を抱いたのではないか?

そして、そのあと、彼とは、非常に興味深い話を交わす展開となる…
が、彼が直木賞作家で、後年、僕が、彼が週刊誌などに書くエッセイを楽しみにすることになるとは、その時は夢にも思わなかった。さらに、僕がとても好感を持っていたモデル兼女優が、彼の奥さんだったことなども、まったく知るよしもない…(以下、続く…)



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オーディオは9割程度に留めておくほうが楽しい

2024年11月05日 | 独り言

日本経済新聞の裏面に「交友抄」という短い記事が連載されている。

各界で功なり名を遂げた方々が毎日登場して親しい友達との現在の交流状況を記載したものだが、先日の記事にはこういうことが記載されていた。

「久しぶりにごく親しい友人と会った際にこれからの生き方ということで次の3つの申し合わせをした。1 健康管理に気をつけること 2 奥さんを大切にすること 3 夢を持ち続けること。」

1と2は分かるが3となるとちょっと難しい。はてさて、夢ねえ・・。

オーディオで理想的な音を出すことも一つの夢だが、いかにもスケールが小さすぎて披露するのがチョット恥ずかしくなる~
(笑)。

若かりし頃に作曲家モーツァルトの謎の死と遺された最後のオペラの行方を軸にしたミステリーを書いてみたいと思ったことがあるが、所詮「薄志弱行の徒」とあってはとうてい実現可能性のない夢だった。

皆さまは夢を持ち続けていますか?

夢といえば、作曲家「グスタフ・マーラー」が在世時に
「やがて私の時代がやってくる!」
とカッコイイ言葉を遺したことを思いだした。

一生に一度でもいいからこんな言葉を吐いてみたいものだが、しがない一介のブロガーにはまったく縁がなさそうだ(笑)。

懐古趣味に陥って過去の業績を徒に振り返ることなく明るい希望に満ちて未来に目を向けるところが何よりも素敵~。

マーラーは九つの完成した交響曲と未完の第十番、そしていくつかの歌曲を遺した作曲家として知られているが、周知のとおり今では世界中の大半のオーケストラがその作品をレパートリーに取り入れ、コンサートの定番としているので彼の「夢」は見事に的中したことになる。

現在、ちょくちょく聴いているのがマーラー作曲の交響曲第4番と「大地の歌」・・、第六楽章で、旋律と歌詞(漢詩:孟浩然と王維)に「この世への大いなる惜別の情と諦観」を感じるので晩年に聴くのにはとてもふさわしい曲目だと思う。

ちなみに、晩年に大作曲家たちがどういう曲目を好んで聴いていたのかというのは興味のあるところで、一例を挙げるとショスタコーヴィッチは「大地の歌」だし、ストラヴィンスキーはベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲群にこだわっていた。

あのモーツァルトは死の床で時計を見ながら、「(上演されているオペラ魔笛に思いを馳せながら)今ごろはちょうど”夜の女王”の出番だ」とつぶやいた。

話は戻って、本題のマーラーについてだが現代では作曲家として非常に有名だが、実は生存中は音楽家としての時間の大半(5/6)をオペラ指揮者として過ごしていた。音
楽家マーラーの一つの不幸は、その死後、作曲した作品が高く評価されたため、指揮者としての業績が隠れてしまったことだという。

もちろんほかにもあって、当時は何せ録音技術なんかほとんど存在しなかったので、現在では彼の指揮した曲目をまったく聴く機会がないのも大きな理由の一つ。

というわけで、珍しいことに指揮者としてのマーラーにスポットを当てたのが次の本。

「指揮者 マーラー」(2012.4.30、河出書房新社刊、著者:中川右介)

                           

本書では意識的にマーラーの創作とその過程については最低限のことしか触れず、指揮者としてのマーラーが当時の音楽界でどのようなポジションにあり、そのポストをめぐり、どのようなドラマがあったのかに焦点を絞り、なおかつ彼がいつどの演奏会場でどういう曲目を指揮したかを詳らかにしている。

興味を引かれた点を私見を交えながらピックアップしてみよう。

 ヨーロッパでの音楽鑑賞といえば歌劇場における「オペラの上演」が圧倒的な割合を占めている。マーラーは極論すれば、ワグナーとモーツァルトのオペラの指揮ばかりしていたが(2025回も!)、とりわけ「魔笛」を振った回数は歴代指揮者の中でN0.1ではなかろうかと、思うほどその多さに驚く。

なお、当時ワグナーのオペラを指揮する事は指揮者にとって憧れの的であり、そのために指揮者同士がその権威とポストをかけて血まなぐさい(?)争いを展開している。その点でマーラーはニキシュ(ベルリンフィル常任指揮者)とも正面きって争うなど実に好戦的だった。


 マーラーの作品には同年代の作曲家リヒャルト・シュトラウスのようにはオペラがない。なぜなら、マーラーはいつもオペラの指揮をしていたので夏休みに入るとその息抜き(オペラを忘れる!)をするために交響曲の作曲に没頭していたからである。

もし、マーラーがシンフォニー・コンサートの日々が続いていたら、、今度はシンフォニーを忘れるためにオペラを書いたかもしれない。それにしてもあのシンフォニー群が「夏休みの余技」として書かれたのには驚く。


 マーラーは名だたる指揮者になってからも2~3年おきに音楽監督や常任指揮者などの職を辞して各地を転々としている。プラハ、ライプツィヒ、ブダペスト、ハンブルクでもマーラーさえ辛抱すれば、もっと長く居れた。

転職の理由は、常によりよい条件を求めてのキャリア・アップ、そしてあまりにも過酷な練習を楽団員に強いたり、強引な手法をとるため反対派が多くなって居づらくなるなどが挙げられるが、そのほかにも「成功した日々」に飽きたという可能性が大いにある。つまり「成功は飽きる」のだ。 

以上のとおりだが、「音楽家マーラーは何よりも当代一流の指揮者として活躍しておりシンフォニーを作曲したのは余技だった」という視点から考えるとハハ~ンと思い当たることがある。

これはあくまでも個人的な意見だが彼の音楽にはベートーヴェンのように作曲に対する必然性と強い意志が感じられない。しかもバッハのように「神への敬虔な祈り」はないし、管楽器を筆頭にいろんな楽器を多用してオーケストレーションは巧みだが、やや耽美的に走り過ぎるきらいがあるのもそのせいで、結局、耳当たりのよい「ながら聴き」に向いている音楽のような気がする~(笑)。

さて、最後に出てくる「成功は飽きる」という言葉だが、卑近な例を挙げると我が家の「オーディオ・システム」では6系統のシステムを操っているが、面白いことにあまりに「気に入った音」を出してくれると、日常聴くのは不思議にも不満足なシステムの方に偏る傾向がある。

「何とかもっといい音にできる工夫はないものか・・」と考えながら聴く方が何となく ”安心” できるのである。

そういえば・・、古来中国では「10」という数字は縁起が悪いと忌み嫌われており、「9」が最上とされていたそうだ。なぜなら「10」はもう「伸びしろ」が無いから~。

つまるところ「オーディオ・システムは9割程度の出来に留めておく方が一番楽しい」なんて思ったりするが、これは「成功は飽きる」に一脈相通じるところがありはしないだろうか・・、余裕or贅沢 何とでも言ってくれ~(笑)。
 



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「お山の大将」の功罪

2024年11月04日 | 独り言

つい先日のブログ「音は人なり」で、次のように記していたのをご記憶だろうか。

プロ野球の「クライマックス・シリ~ズ」であえなくDNAに敗れた巨人・・、シーズン中では8ゲームの差をつけていたのだから、この「体(てい)たらく」に、家人の嘆くこと ひとかたならず~。

そこで、こう慰めた。「どうせ、日本シリ~ズに出たらソフトバンクから  こてんぱん にやられるんだから、今、恥をかいていたほうがいいぞ~」

するとこう返してきた。「やってみなくちゃ分からないわよ・・」。

どこまでも おめでたい「巨人ファン」なんだから~(笑)。

10月27日もあっさり負けて、DNAは早々の2連敗・・、懸念通りとなりつつある。これで少しはあきらめもつくことだろうて~。」

ところが・・、昨日(3日)のこと、何とDNAが2連敗した後に奇跡の4連勝!

ギャフン・・、もう見込み違いもはなはだしく穴があったら入りたい(笑)。

それにしても野球って やってみなくちゃ ホントにわからないですね。やはり主体に「人間」が絡んでいるからでしょうか。

そういえば、MLBでもシーズン中は一向に冴えなかった「フリーマン」選手が「ワールドシリーズ」では気が狂ったように打ち出して「MVP」だから、わけがわからない・・。大谷選手を警戒するあまり、ノーマークだったせいかもですね。

いずれにしても、結局、敗れた「ヤンキース」にしても「ソフトバンク」にしても「お山の大将」になって、厳しいシーズンを闘っていなかったせいではないかと推察している。

「お山の大将」には、次のような意味があるそうですよ。

☆ 世間知らずな人物が、たいした功績でもないのに威張りくさっている様子を表す言葉

☆ わずかな成功を誇り得意がる人のたとえ

☆ 小さな世界でいばりちらす人

そういえばオーディオにも同じことが~(笑)。

たとえば、独りで聴いているときに比べて仲間と一緒に聴いていると、なぜか不思議に目立つのが自分のオーディオ・システムのアラ。

その原因をつらつら考えてみるに、どうも独りのときは音の良し悪しを忘れて「音楽」の方に神経が集中してしまう、その一方、仲間と一緒のときは音楽よりも、つい「音=オーディオ」の分析の方に関心がいってしまう傾向があることに気付いた。

自分の場合、システムの変化の都度、なるべく仲間に来てもらって一緒に聴いてもらっているのも、アドバイス以外にも分析的に聴ける点に理由があるに違いない。

そういえば、先日の「健康番組」で、ある脳神経外科医がこんなことを言っていた。

脳にはときどきご褒美をあげることが必要です。趣味においても出来るだけ仲間と一緒に楽しみながらいろんな意見をもらうことが大切ですよ。」

成る程!と、言いたいところだが、ときどき「辛口」の意見もあったりで脳の褒美になるどころか逆にストレスになったりすることがあるから用心しなければ(笑)。

いい例が近くにお住いのオーディオ仲間のYさん。

腹蔵なくご意見を頂けるのがとてもありがたいので、たびたび来ていただいて我が家の音をチェックしてもらっている。

もちろん、人それぞれなので全面的に同意というわけにはいかないが、なるほどなあと考えさせられることが多い。

つい先日お見えになったときに「新しいバッフル」付きの「スーパー10」を聴いていただいたところ「音が様変わりしました。たったのバッフル次第でこんなに変わるなんて・・」と、非常に感心されていたが、DACの違いについてはシビヤなご意見を述べられた。

「エルガー プラスはたしかに量感が豊かだけど解像度がもっと欲しい気がします、それにひきかえ「D2R」は量感が控えめだけど、解像度や艶などで上回っています・・、どちらを取るかとなると私はD2Rを選びたいです」

フルート奏者として日頃から「生の音」に通じているYさんのご提言だから、それもそうだなあと、つい迷いが・・。

というわけで、オーディオは「お山の大将=唯我独尊」のままで いいのか悪いのか つくづく考えさせられます。

なぜなら「浜の真砂(まさご)は尽きるとも、世にオーディオの種は尽きまじ」で、いくらでもどこかにケチが付けられるんだから~(笑)。


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柳の下に3匹目のどじょうを狙う

2024年11月03日 | オーディオ談義

このところ、スピーカー・ユニットを取り付けるバッフルの交換に余念がない。

何しろ板の厚さが「1・5cm」から、およそ1/3の「5.5mm」の薄板に代えるだけで、いとも簡単に「低音域の量感」が増すようになるからたまらない~。

オーディオは「気に入った高音」を出すよりも「気に入った低音」を出す方がはるかに難しいと思っているが、はたしてバッフルを響かせることで低音を出すのがいいことなのか悪いことなのか・・、こればかりはいろいろ論議があるところだろうが我が家で使っている古典系の英国ユニットを使う限りでは大いに気に入っている。

な~に、自分さえ良ければそれでいい趣味なんだから~(笑)。

当初、及び腰で実験したのはグッドマンの「AXIOM80」(初期版)だった。

       

そして、予想外ともいえるほど上手くいったので、「柳の下の二匹目のどじょう」を狙って次はワーフェデールの「スーパー10」のバッフルづくり~。板厚が4cmの箱に取り付けようという試み~。

       

これも気が遠くなるほど上手くいった!(笑)。

そして、まだあと1ペア分のバッフルが残っている・・、さあどうする?

同じ箱を使ってグッドマンの「TRIAXIOM」(口径30cm:同軸3ウェイ)に向かうのは必然的な成り行きだった。

「スーパー10」があまりにも気に入った音を出すもんだから「後ろ髪」を引かれる思いだったが、「TRIAXIOM」からどういう音が出てくれるのか、その誘惑が優って交換へ。

つまり同じ箱用のバッフルを2種類作ることになるわけで、片や口径25cm、片や口径30cmだから同様に使うわけにはいかないのがつらいところ。

昨日(2日)は家人が旅行(宝塚観劇)で不在なのをいいことに、張り切って朝から大っぴらにとりかかった。



バッフルの穴開けには「ジグソー」が大活躍~、重宝してます。



作業も手馴れてきて「裏蓋」の補強など、すいすい運ぶ~。



これが完成形~、さあ、いよいよ音出しである。オーディオの醍醐味ですねえ!

絶対にいい音が出ると踏んでいたが、あれ~、意外にも何だか「冴えない音」・・、ぼんやりして鈍い音というのが第一印象だった。

そういえば、先日岡山からお見えになった「YO」さんが「あなたのブログを読んでいると、スピーカーを交換してすぐにコメントを出されていますが、スピーカーにもある程度エージングが必要ですよ、いつも不自然に感じています」というコメントが耳に残っている。

アンプなどに使う新しいコンデンサーのエージングは当たり前だが、古典系のスピーカーだと、製作からもはや50年以上も経っているので、微妙で繊細なツクリのユニットの「慣らし運転」が必要なのは頷けるところ。

で、30分ほど経つと音が随分こなれてくるのがわかった。しかし、まだ何となく違和感が残る・・。

低音の制動力が少し利いておらず、少しボン付き気味かな~、中高音域も少し歪みっぽい感じがする。

経験上、アンプのパワーがオーヴァー気味だとこういう音が出ることが多いので、絶対的な存在の「6A3シングル」から、思い切って「6AR6シングル」に交換してみることにした。

ほかにも待機中のアンプがいろいろあるが、まあ組み合わせ上での一種の「勘」ですな~(笑)。



「6AR6(5極管)を3極管接続にすると、銘管「PX4」とそっくり同じ特性になります」とのことだったので、作ってもらったアンプだが期待に違わぬ仕上がりだった。

この真空管の出自を辿るとウェスタン製の「350B」に行き着くが、さすがに素性がいいだけあって魅力的な音を出す~、ただし画像でご覧のように初期の「湾曲型プレート仕様」に定評があるところ。

そして・・、このアンプで諸々の課題はすべて解決した。「もう、つべこべ言うな」と、有無を言わせぬほどの説得力がある音。

試聴用のソースは例によって「You Tube」で、先日の「シンフォニー全集」に続いて「ディヴェルトメント全集」をいきなりテレビが提示してきた。



トップバッターが大好きな「K136」だから痺れ上がりました!

音もいい、音楽もいい・・、これは極上のパラダイスだね!(笑)



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ミステリーの「手練れ」

2024年11月02日 | 読書コーナー

「読書の秋」にふさわしく3か所の図書館、つまり県立図書館、地元の別府市図書館、そして隣町の日出(ひじ)町図書館を巡回しながらほとんど目いっぱいの借り入れ限度(1館あたり10冊)近く借りてくる。

タダだと思って多少意地汚いところがありますな~(笑)。

で、隔週、30冊近く新刊本を中心に目を通しているが、実は最初の1/3ほど読んで「これはダメだな」あるいは「相性が悪い」とそのまま読み捨てにする本がほとんどである。

特に、若手のミステリー作家にはガッカリすることが多い。

導入部の書き出しがいかにも堅苦しい印象を受ける。おそらく、会社勤めなどの組織に縛られたくない自由人を目指して、机に張り付いて一生懸命に頭を絞って書き下ろしたのだろう・・、そういう熱意は感じ取れるものの残念なことに筆力が追い付いていない。

モーツァルトのように自由奔放で自然な楽想みたいなものが欲しいなあ~(笑)。

ま、「未完の大器」なんだろうが、現代は皆、気が立って忙しい世の中になっているので時間が悠長には待ってくれない、デビュー作で(売れ行きが悪くて)脚光を浴びないとそのまま埋もれていく可能性が高いだろう。

その点、ベテラン作家の作品には安心して目を通せる。

日本のミステリ―作家では、「東野圭吾」さんに次いで「中山七里」さんにも大いに注目している。とにかく多作なのに余りハズレがないのには感心する~。



つい最近、これら3冊の本に目を通したがいずれも読み応えがあって、まさに「手練れ」(てだれ)という表現がピッタリ~。

まずは「ネメシスの使者」から「ネットレヴュー」を引用、

「極刑とは果たして死刑なのか…無残に殺された被害者とその家族が犯人に求めるものは何なのか…復讐が認められない法治国家で、死刑を回避した犯罪者に対する憎悪の気持ちをどうすればよいのか… 塀の中で守られている犯罪者に代わって、その家族を同罪とみなし仇討ちを行う行為に世間は同調する。

ネメシスの使者の正体に驚くが、本当の目的は別にあった…うーん、やはり中山作品は一筋縄では終わらない。重たいテーマだけど、読む手が止まらず一気読み。復讐する側の執念と計画の緻密さにため息がでる秀逸な作品だと思った。」

刑務所に収監されている凶悪な殺人犯の家族が次々に残忍な殺され方で復讐されていく、はたして「犯人は?」「共通の動機は?」・・。

単なるミステリーに終わらず、「死刑制度」を真剣に考えさせる社会派作品である。

続いて「アポロンの嘲笑」の「ネットレヴュー」を、

「東日本大震災から5日後に発生した殺人事件。被疑者が移送中に余震の混乱に乗じて逃走。失態を演じた刑事が被疑者の行方を追うが、原発の下請けで働いている被疑者は避難指示が出ている福島第一原発に向かって逃走する。そして追跡する刑事の前になぜか公安の影が。

放射能に曝されるリスクを冒してまで被疑者が守ろうとしたものは何か。被疑者には阪神淡路大震災で建屋の下敷きになり両親が命を賭して守ってくれたことにより自分だけが命をつなげたという過去があった。今度は自分が命をかけて大事な人を守る。その決意を秘めた逃避行が日本を救う。」

これも、社会的なテーマとミステリーを上手く溶け合わせた作品でした。

そして、最後に「超合理的!ミステリ―の書き方」がとても面白かった。

要諦は「結末を考えずに書き記していくと、自然にアイデアが浮かんでくる」というもので、先年亡くなられた「内田康夫」
さんが「浅見光彦シリ~ズ」でも同じことを述べられていた。

人間の頭はそれほどヤワでなく、追い詰められば追い詰められるほど順応性が出てくるそうだ。

引き合いに出すのはまことに恐れ多いが、この拙ブログだって書いていくうちに何とか恰好がついていく感じ~(笑)。

なお、本書の中で冒頭に「押さえておきたい古典10選」というのがあった。

秋の夜長にミステリーに読み耽るのも一興です。未読の方はぜひ~。

ヴァン・ダイン「グリーン家殺人事件」、アガサ・クリスティー「ABC殺人事件」「杉の柩(ひつぎ)」、エラリー・クイーン「エジプト十字架の謎」「Yの悲劇」、ウィリアム・L・デアンドリア「ホッグ連続殺人」、ドロシー・L・セイヤーズ「ナイン・テーラーズ」、横溝正史「獄門島」、高木彬光「刺青殺人事件」、島田荘司「奇想、天を動かす」

このなかでブログ主の未読は「杉の柩」「ナイン・テーラーズ」「奇想、天を動かす」の3冊です。

で、古今東西の「ミステリー・ベスト1」は誰が何と言っても「Yの悲劇」でしょう。 

「ありあえない犯人」の意外性にビックリ仰天!(笑)。



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お値段相応に活躍してもらわないと・・

2024年11月01日 | オーディオ談義

改修を終えて4年ぶりに戻ってきた「6A3シングル」真空管アンプだが、早くも3週間が経った。



ハネムーンが済んで、ぼちぼち冷静さを取り戻し既存のアンプにも目が行き届きだす頃だ~(笑)。

まず第一に槍玉にあげたいのが「WE300B」シングルアンプ。



実は「6A3・・」相当にお金がかかっているのだ・・(笑)。

ほら、高い契約金を払った割には活躍しない「野球選手」っているでしょう、お値段相応にもっと活躍してもらわないと困る・・、そういう存在だといえる。

で、活躍できない原因を改めて探ってみることにした。回路などの細部はド素人なので弄るのはとうてい無理、せいぜい使っている真空管を代えることぐらい。

まずは「整流管」に着目した。この球は交流を直流に代える役目を担っているが、縁の下の力持ち的存在でアンプ全体の「SN比」や「力感」に影響してくるので極めて重要な位置づけにある。

現在使っているのは「300B」アンプには定番ともいる「274B」だけど、どうなんだろう・・。

「北国の真空管博士」によると「NFBを掛けてあるアンプにはいいのでしょうが、あなたのアンプのようにNFBがかかっていない場合は合わないと思いますよ~。」「そうですか・・、RCAの83Vを使ってみようと思っていますがいかがでしょうか」「ハイ、274Bよりもずっといいと思います」

これがRCAの「83V」(刻印:大型管)

まずは「オークション」市場では滅多に出回ることがない希少管である。



ついでに、前段管の「71A」も「ST管」から「ナス管」へ交代させた。さらには、肝心の出力管「WE300B」も「1988年製」から「1967年製」へと交換した。

さあ、このアンプの久しぶりの出番となったが、「真空管を一新」してどういう音が出るのか、生唾が出る思いで耳を傾けた。

おっと、スピーカーは新装なった「スーパー10」である。



まあ、スピーカーがいい方向に激変したので、「WE300Bアンプ」でははたしてどういう音が出てくれるのかといったことも「アンプ」を交換した一因ではある。

すると・・、如実に効果が出たのには驚いた!!

「これまで上品ではあるけど、力感に乏しく、ややひ弱な印象」を持っていた300Bアンプが見事に変身~、「6A3」アンプのスピード感には、やや及ばないにしても、透明感や余韻などは甲乙つけ難し~。

今のところ整流管の効果大と踏んでいるが、加えて「DAC」「プリアンプ」や「スピーカー」との相性も無視できない。

もちろん「DAC」は「豊かな響き」を誇る「エルガー プラス」(英国:dCS)である。

よ~し、これでやっと契約金相当の働きになってくれたと欣喜雀躍(きんきじゃくやく)!(笑)

ちなみに、音楽ソースは「You Tube」で、モーツアルトの「シンフォニー」全集。



いいですねえ・・、「You・・」は(テレビ)画像に何が飛び出してくるか分からないところがあって、この「シンフォニー全集」もいきなり行き当たった。

モーツァルトが幼少だった10歳前後に作曲した1番から晩年の、といっても35歳で亡くなったので、30歳前後に作曲した41番まで全曲演奏だからたまらない~。

モーツァルトが小さい頃から亡くなるまでずっと天才だった「証し」が、このシンフォニー全曲を通して聴けばよくわかる。

おそらく「AI」が「この人はモーツァルトを聴くことが多い」と判断して、勝手にこの全集を選択し提示してきたのだろう。

しかし、音楽にすっかり聴き惚れてしまいアンプやスピーカーなんか「どうでもいい存在」になるのは、はたして「いいことなのか、悪いことなのか・・」、皆様はどう思われます?(笑)。



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