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異色の仏学者トッドがパリ・テロにメス

2016年02月07日 | 海外

 

シャルリ事件からの重大な問い

2015年2月7日 

 ソ連崩壊、米国発の金融危機などの予言で評価を上げた仏のエマニュエル・トッド氏が、新書で「シャルリとは誰か」(文春)を出版しました。イスラム系によるパリ同時テロ、風刺週刊誌「シャルリー・エブド」銃撃事件の構造的な原因、背景を掘り下げています。表面的なレベルの過剰反応を戒め、「テロ犯を生んだのは仏社会だ。移民2世らを経済システムに取り込むことに失敗した格差社会に問題の根があり、日欧米にも共通する」と、指摘しています。

 

 新書なので簡単に読めるだろうと思って買いましたら、違いました。フランスの現代史、宗教的、地理的、社会的構造を知らない私には歯がたちませんでした。日本語に移し変えても、理解が難しい概念も多く登場し、300ページ、まるで専門書です。あきらめかけていましたら、新刊の発売を機に来日し、新聞に長文インタビュー(4日付け読売)が載り、要点を語ってくれ、助かりました。

 

イスラム問題は空爆では解決しない

 

 イスラム・テロの報道に日本で接していますと、「言論と表現の自由を守れ」、「われわれはテロに屈しない」、「イスラム国は空爆で叩け」などが、問題の本質であるかのように思ってしまいます。トッド氏はそうではなく、「イスラム国のいくつかの標的を空爆したところで、戦況は左右されない。有事宣言は、現実から目をそらすための内政の道具に使われている」と、断言します。

 

 全土で400万人が報道の自由を象徴する鉛筆を手にデモ行進しました。「私はシャルリ」のロゴは、テレビ、街頭、レストランのメニュー表にあふれ、「われわれは一つの国民である」、と新聞、テレビは繰り返しました。トッド氏は「私はシャルリという決まり文句は、私はフランス人の同意語になった」と、指摘し、ヒステリーのような異様な空気の高まりに懸念を感じ取りました。

 

 トッド氏は歴史人口学者、家族人類学者で、人口動態に着目する方法論をとります。新書では、フランス全土の地域、都市の地図と各種の統計を組み合わせた図表が多数、掲載されています。日本のメディア、学会、論壇で見られたような思想的、国際情勢的、観念的分析とまったく違う方向から、問題の本質に迫ろうとする実証性が特色です。現代社会の問題の解明に実証的な手法をとり、そこから得た結論をもとに自説を展開するのです。

 

日本人のシャルリ論とは異質

 

 論旨の裏づけに統計分析が使われており、日本におけるシャルリ論とは異質の世界を見せてくれます。デモの参加率、都市部の社会的構成を比べ、「シャルリとは、管理職、上級職、カトリック教徒のゾンビ(氏特有の概念、最近までカトリックだった地域)を意味する」との結論を引き出し、「中産、上流階級のフランス人たちが何かを、誰かを極端に嫌う病的必要性に駆られている。外人恐怖症が社会構造の上部に転移し、スケープゴートを求めている」と、病巣を突きます。

 

 フランスだけの分析にとどまらず、「世界を見渡すと、最も進んだ国々がうまくいっていない。米欧では不平等への逆走、階級社会の再構成が進行している」と、視野を広げています。「西欧のどこの国の社会にも、シャルリが眠っている。グローバリゼーションから利益を引き出す階級、社会の周縁に追いやられている人たちが存在する」と、指摘します。

 

周縁にはみ出した階層がいる

 

 トッド氏は「貿易の自由化で所得格差の拡大が始まった。社会は宗教的価値の代わり株価を追いかけたり、通貨を偶像化したりする文化の空虚さによって蝕まれている」ともいいます。マネー市場が世界をかく乱し、格差が拡大し、周縁にはみ出した階層が事件を起こし、一方で既得権益を守ろうとする階層がいる。こうした対立の象徴として「シャルリ現象」を見つめているのでしょう。

 

 そう考えると、空爆をテロ事件に対する不可欠な方法に位置づける日米欧の政治指導者への痛烈な批判なのかもしれません。要するに、「シャルリ現象」はわれわれそのものに、現代資本主義社会のあり方に、重大な問いを投げている根の深い事件なのでしょうか。

 

 過激な主張なのか、トッド氏は母国で厳しい批判にさられ、「著書の発行後、多くの侮辱を受けた。表現の自由がフランスではもはや保障されていない」と、書くほどです。出版やインタビューで声をかけてくれる日本には、親近感を持ち、「日本は私にとって、知的な足場の一つであり、心理的安定の拠り所です」とも述懐しています。面白いですね。 

 

 

 

 

 



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