83、84、85歳が仕切る五輪委
2021年2月13日
2転3転どころか、3転4転、4転5転です。東京五輪の森組織委会長の性差別発言から始まった会長交代騒動は日本の醜態を世界にさらしています。政治家や居座る長老が絡むと、世界の非常識がまかり通る。
オリンピック・シンボルの5輪は、世界5大陸を象徴し、さらにスポーツの5大原則である「情熱、水分、体力、技術、栄養」を意味しています。五輪創始者のクーベルダン男爵の考案です。
コロナ感染の拡大で5大陸からの参加者が揃わず、開催を強行しても「4輪」か「3輪」になるかもしれません。スポーツ5原則についても、練習不足から「体力、技術」が欠落し、これも「4輪」か「3輪」でしょうか。「4輪ピック」「3輪ピック」なら中止すべきです。
50年に1度のパンデミック(世界的大流行)と、4年に1度の五輪のどちらを優先するか。五輪は断念しても、4年後には開催の機会がある。無理してでも開催を強行したいのは、政治的思惑、五輪特需期待からでしょう。その五輪特需の公共事業は終了していますし、テレビCMや広告収入は減る。
しかも半年後には開催というのに、森組織委会長が引責辞任し、その交代人事で醜態をさらし、日本のガバナンス(統治能力)のなさ、世界標準のジェンダー(性差別の解消)からのズレが失望を買っています。
森氏(83)だけで「辞意示唆」「辞意撤回」「辞任」と3転です。後任選びでは、川淵氏(84)が「受諾」「辞退」と2転で、合わせて5転です。今ごろになって設立する会長選考委員会で後任が決まれば、6転となります。
残念なのは選考委員会委員長に御手洗冨士夫氏(85)という人選です。「キャノン社長に就任→会長→経団連会長→会長兼社長に復帰→会長に専念→社長に復帰(2度目)」と、前代未聞の人事をほしいままにしてきました。後継者を育成してなかったのか、よほど人材が不在の企業なのか。
官邸や組織委事務総長らが「新会長は女性、若い人」といっているのですから、選考委員会も80歳代の長老は外せばいいのです。長老でないと、組織を取り仕切れない日本型の意思決定システムを切り替える機会にすればよかったのに、それができない。
森氏が川淵氏を後任に指名したのもおかしな話です。メディアは「密室の取引」という。「密室」ではない。川淵氏を自宅に呼び寄せ、「後任を頼むよ」と指名したのは「密談」です。「密談」による後任指名です。
会長失格者が後任を指名したことに、深入りを避けていた菅首相もさすがに怒った。会長人事は組織委員会が決めるルールなのに、差しで「頼みますよ」「はい。人生最後の奉公としてやります」とは、絶句します。おまけに川淵氏は「森氏は相談役になってほしい」と、独断で人事の発令です。
2人は思わず涙を流したらしい。しっかりと手を握りあった講談か浪花節の場面です。クーベルダン男爵が生きていたら「何、これ」でしょう。日本は五輪開催の適格国ではなくなりました。
川淵氏は有頂天になり、記者団に「お受けする」と語りました。指名する方も、受諾する方も社会的常識が欠如している。長く権力者の座に座り、実力者としてあがめられていると、周りが見えなくなる。老害です。世界が日本を注視している時に、どんな言動がどんな波紋を招くかを想像できない。
森氏の発言に対し、メディア、世論は集中砲火を浴びせました。これに対し「発言を取り消し、謝罪したのに解任扱いとはひどい」「森発言の一部を都合のいいように取り出して批判している」との指摘が聞かれました。
森発言は「五輪委の女性理事は4割に」という方針への不満、反対の表明であり、性差別そのものです。さらに83歳、84歳、85歳の長老たちの登場に及んで、今ころ問題の本質を理解していることでしょう。言葉の一つ一つより、全体の流れをつかんで論評することが大切です。
組織委、政府、都は開催ができるかどうか、ぎりぎりまで頑張って見極めるつもりでしょう。疑問に思うのは、「何か国以上の参加なら開催するのか」「参加選手(当初1万人以上)は何人なら開催するのか」などのガイドラインを示していないし、調査もしていないことです。
バイデン米大統領のいう「科学に基づき判断を」について、具体的な基準を日本としてどう考えるのか。五輪対策検討専門家会議の設立が必要です。有力な感染症の専門家は国内のコロナ対策にすでに張り付いています。かれらを五輪対策検討委に振り向けることはできるのか。
橋本五輪相は「医療スタッフ(医師、看護士)1万人を確保する必要がある」と述べました。国内がどのような状況になっていれば、どの程度の動員ができるのかの検討がなされていない。国内の日本人患者はどういう扱いをうけるのでしょうか。
一連の判断を3月中にはしなければなりません。変異を繰り返すウイルスを相手に難しい判断を迫られます。新しい組織委会長の最大の役目は、どの段階になったら五輪開催を断念するかになるでしょう。
読売新聞や日本テレビや報知新宿はクォーター制でも導入しているのか?またあなたもがこれまで性や年齢について差別の撤廃を主張してきたのか?
あなたこそ『男性』・『年功』・『メディア』という肩書きをもって非常に強い立場。この主張こそ、森さん同様『自分の言うことを聞け』そのもの。
あなたこそ『なし』だ!
自らの人生を省みて反省されることをお勧めする。
ですが、今回の記事だけは頂けません。
> 官邸や組織委事務総長らが「新会長は女性、若い人」といっているのですから
これは明らかに性差別であり、年齢差別です。どのようなもっともらしい理由があろうと、性別で選ぶのは差別です。これは言い逃れのしようがありません。
今回、森氏は性差別をしているという理由で非難されていたはずです。それなのに、非難している人々自身がその場で性差別的な発言をされていることに、とても驚いています。
中でも、あなたのように高い見識をお持ちの方が、平気でこのような差別発言を容認してしまわれることは、私には非常に驚きですし、とても残念です。
森氏は今回、女性を蔑視していると言われて辞任に至ったわけですが、現代の日本の社会では、全く同様に男性を蔑視しても、ほとんど非難されない、という不思議な事実があります。ネット上では既に有名ですのでご存じかとも思いますが、2014年に著名なフェミニストである北原みのりさんがAERAに書かれた「なぜ男性はすぐに『長い会議』をしたがるのか?」という記事があります。明確に、森氏の今回の発言と同程度には差別的であるはずです。ですが、これを書いた本人は、森氏とは異なり反省も撤回もせず、AERAも何の謝罪もした形跡はありません。
https://dot.asahi.com/wa/2014110500094.html
このように、同じ発言をしても男性は辞職を余儀なくされ、女性は全くお咎めもないという現在の社会は、極めて差別です。その差別に、あなたが加担してしまわれたということが、私にはとても残念です。
既にリタイアされた世代の方々は、多少男性が差別されても仕方ない、とお思いなのでしょう。ですが、若い世代は、これからの自分の将来がかかっています。差別的な社会の中で生きてゆくのは、とても負担が大きいのです。どうかそれはご理解の上、できるだけ差別のない社会を目指すべく、お考え頂けると幸いです。
いつも尊敬の念をもって玉稿を拝読しているだけに、今回の記事については驚きが深く、つい書いてしまいました。言葉が過ぎていましたらお詫び申し上げます。