昨日の小雪のちらつく寒々しい天気から一転、今日は陽光が降り注ぐ春らしいお天気となりました。外を歩く人たちの装いもどこか軽やかで、春の到来を待ち望んでいるような雰囲気がありました。
ところで、今日3月9日は歌劇《ナブッコ》が初演された日です。歌劇《ナブッコ》(Nabucco)は、

ジュゼッペ・ヴェルディ(1813〜1901)が作曲した全4幕からなるオペラです。
この名作オペラの作曲の経緯は、実は意外なほど判明していません。通説では、第2作《一日だけの王様》(最後のオペラ《ファルスタッフ》以外のヴェルディの数少ない喜劇)の初演で失敗し、私生活では2人の子供と妻を相次いで亡くし、絶望のあまり作曲の筆を折ろうとまで考えていたヴェルディに対してミラノ・スカラ座の支配人バルトロメオ・メレッリが紹介したテミストークレ・ソレーラ(1815〜1878)作成の台本に、1841年秋頃までに作曲がなされた…といわれています。
《ナブッコ》の題材は、旧約聖書の『エレミヤ書』と『ダニエル書』から取られています。もともとこの台本は歌劇《ウィンザーの陽気な女房たち》を作曲したドイツ出身の新進作曲家オットー・ニコライ(1810〜1849)に当てがわれていましたが、
「作曲に値しない」
としてニコライが返却したものでした。
ソレーラの台本は、
①旧約聖書中の記述
②旧約聖書を基にしたオギュスト・アニセ=ブルジョワおよびフランシス・コルヌの著した1836年初演のフランス語の戯曲『ナブコドノゾル』
③更にその戯曲に基づいて1838年にアントニオ・コルテージが作曲したバレエ
のすべてに依拠していると考えられています。特に③のバレエは同じスカラ座での上演でもあり、その舞台装置、衣装など多くのものがオペラ初演時には流用されたともいわれています。
初演は1842年3月9日に、ミラノ・スカラ座で挙行されました。当時の実力派歌手たちを取り揃えた初演は稀に見る大成功で、これによってヴェルディは一躍ガエターノ・ドニゼッティ(1797〜1848)などに比肩しうるイタリアオペラ作曲界の新星としての評価を勝ち取ったのでした。
《ナブッコ》といえば、『イタリア第二の国歌』とも称される合唱『行け我が思いよ、金色の翼に乗って』があまりにも有名ですが、今回はオペラの序曲をご紹介しようと思います。
《ナブッコ》序曲は全329小節とイタリアオペラの序曲としては長い部類に属し、ヴェルディ初の本格的なオーケストラ作品ともいえる力作で、単独で演奏会のプログラムにとりあげられることもあります。全体は劇中の旋律をいくつか散りばめてオペラの内容を暗示するという、当時のイタリアオペラで一般的にとられていた序曲の形式に従って書かれています。

(《ナブッコ》序曲の冒頭。原題である『ナブコドノゾール』と書かれている。)
序曲はトロンボーンとテューバが奏でるコラール風の序奏で始まり、主部では第2幕のヘブライ人の合唱『裏切り者よ』と第3幕の『行け我が思いよ…』の旋律が現れます。更に第2幕冒頭、第1幕フィナーレ、第3幕の二重唱からとられた音楽が組み合わされて、豪快なクライマックスを築いていきます。
とりわけ、オーボエとクラリネットが先導して全オーケストラに広がっていく『行け我が思いよ』の旋律の抒情的な美しさは印象的で、その後に続くエネルギッシュなクライマックスとの対比はヴェルディ音楽の真骨頂であり醍醐味です。この序曲は管楽器が活躍することから吹奏楽にもアレンジされて、腕に覚えのある吹奏楽団が演奏会やコンクールで演奏することもあります。
そんなわけで、今日はヴェルディの歌劇《ナブッコ》から序曲をお聴きいただきたいと思います。ジェームズ・レヴァイン指揮、メトロポリタン歌劇場管弦楽団の演奏で、実質的なヴェルディの出世作となったオペラの幕開けの音楽をお楽しみください。