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産廃

 月・水・金の9時からは、授業を終えた中1・2年生をバスで送っていく。東部の田園地帯から山間部に住む生徒たちを送っていくのが私の担当であるが、1人の男子生徒が並外れた遠隔地に住んでいるため、送って行くのに相当時間がかかる。4月の入塾のときに、行きは家族が塾まで送ってくるが、帰りはバスで自宅まで送ってくれるように頼まれた。そんな遠くまでは送って行けないと断ればよかったものを、いいカッコしいの悪い癖が出て「はい」と返事をしてしまった。送って行くたびに後悔をしている、それ程長い距離である。
 家の近い生徒から順番に送って行き、あと1人となった時から彼との小旅行が始まる。そこから彼の家までは1kmほどの距離ではあるが、山の中を走る一本道で、周りに人家が一軒もない真っ暗な道をひたすら走り続ける。途中、一度だけ他の道と合流する。その後は道も狭くなり、満足な舗装もされていないような山道になる。対向車が来たらすれ違うのに苦労するのだが、めったにそんな車はやって来ない。20軒ほどの家が点在する集落に彼の家があり、その家々の明かりが見え出すとほっとする。だが、まだ行きは生徒が乗っているからいい。あれこれ話をしていけば気も紛れる。しかし、彼が降りてしまえば私独りでバスを運転して帰らなければならない。闇の中を走る間中、決して後ろの座席を振り返ることは臆病な私にはできない。魑魅魍魎の類が乗っているかもしれないと、何度行っても慣れることができず、冷や汗をかきながら猛スピードで戻ってくる。
 その彼を送っていく途中で、夏休み頃からある異変に気がついた。真っ暗な一本道を抜けて彼の家の明かりが見え始める地点に、1台の車がスモールランプを点灯したまま停まっているようになった。送っていくたびに必ず同じ車が同じ所に停まっている。私はきっとどこかの男女が車の中で、人目を忍んで逢引きでもしているんだろうと思い込んで、中1の男子生徒にそんな下世話なことは言えないと考えて、あえて話題にはしなかった。しかし、夏休みの終わり頃になって、停車している車が2台に増えた。おかしな奴らが増えるものだとあきれてしまったが、毎回同じ車が2台停まっているのも変なものだと思い始めて、思い切って生徒に尋ねてみた。「何なの、あの車?いつも停まってるんだけど」それに対する彼の返事はまったく私の意表を突くものだった。「産廃の車」「えっ、産廃って処分場のこと?」「うん」--この地区に産廃処理施設が建設されていることは知っていた。道端には処分場の増設に反対する地元住民の立て看板も多く立てられている。それでも、夜道のことでもあり、どこが処理場の入り口なのか全く見当がつかないまま、いわば他人事のような気持ちでずっと通り過ぎていた。「何で産廃の車があそこに停まってるの?」「分からない」「見張りでもしているのかなあ」
 彼によれば、一本道から処分場まで立派な舗装道路が造られ、その入り口を可動式の門で固め、無断で進入できなくしてあるのだそうだ。夜間はその前に車を停めて、職員が一晩中その中で警備していることも教えてくれた。その話を聞いた私は、何のために一晩中見張る必要があるのか不審に思った。善意に解釈すれば、無断で進入し、廃棄物を勝手に捨てていく者たちがいるかもしれないから、その予防のためだと考えられる。しかし、どうしても産廃業者というと負のイメージが先行してしまう。処分場で本来遺棄してはならぬ危険な物を処理しており、それが侵入者によって外部に漏洩されることを恐れているのではないかと、勘繰りたくなってしまう。「見られてはいけないものを見せないように見張る」何だか、きな臭い話だなと思ってしまった。
 さらに驚いたことには、10月にはいると突如として入り口付近にプレハブ小屋がいくつも建てられた。大きな水銀灯も2基ほど設置され、煌々と辺りを照らし出すようになった。一番手前の小屋には2人の職員が常駐し、通る車をチェックしているようだ。あまりの物々しい警戒ぶりに、「処分場は一体何をしてるんだ?」と生徒に尋ねたが、「よく分からない」と答えるだけだった。しかし、ここ最近真っ暗な夜道を通って来る間に何とも言えぬ異臭が車内に入ってくる。これはきっと、処分場から出てくるものだろうと思うと気分が悪くなってくる。
 折りしも、六価クロムが検出されたフェロシルトの不法投棄で三重県の石原産業が刑事告発された。この会社がフェロシルトを大量に投棄した地区が、生徒の住む地区と山一つしか離れていないと報道されている。何だかつながりがあるような気がして、大丈夫なんだろうかと心配になる。いったい何でこんなことが許されているのだろうか。住民達はもちろん不安を抱えて、市当局に訴えているのだろうが、私の知る限りでは市側の動きは何もない。
 しっかりしろよ、市!
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