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お守り

 高2の女の子が修学旅行で九州に行くので、塾を1週間休むと言った。「そうか、気をつけてね」と言った瞬間に大事なことを思い出した。「大宰府には行くの?」「はい」「それじゃあ、お札を買ってきてくれる?」と無理矢理頼み込んでみた。そう言えば、今あるお札も、彼女のお姉ちゃんが修学旅行で大宰府に行った時に買ってきてもらったものだった。さらにはその上のお兄ちゃんが大宰府でお札を買ってきてくれたのがそもそもの始まりだった。もう少しで脈々とつないできた伝統(?)が途切れるところだった。「いいですよ」と彼女が親切に言ってくれたので、古いお札とお金を渡して「お願いね」と頼んだ。
 その子が昨日1週間ぶりに塾に来て、約束どおり大宰府のお札を買ってきてくれた。(しかも、ハウステンボスの「アニーおばさん」のチーズケーキと長崎の福砂屋のカステラまでお土産にくれた。いい子だなあ!)早速、いつもの場所に安置した。それを写真にとってみたが、場所は黒板の上にあるエアコンの上である。真ん中にお札を置き、その周りに置いてあるのが左からピッコロ、シーサー、秋田犬だ。何故そんなものが一緒においてあるのかと言われても、大した理由はない。はじめはジャジャ丸・ピッコロ・ポロリの3つの指人形を部屋の飾りとして遊びで置いていたのだが、いつの間にか塾のお守りのような存在になり、入試に臨む生徒たちがお守り代わりに貸して欲しいと言うようになった。試験当日は、少しでも平常心を保つことが大事であるから、そんなものでも心の支えになるなら、と希望者に貸し出しているうちに、いつの間にかジャジャ丸とポロリが行方不明になってしまった。入試が終わると途端に塾に来なくなる生徒もいて、返してもらう機会をなくしてしまうことが時々あるからだ。返せと、電話するのもなんだから、その度に新しいメンバーを補充しながら、現在では写真のようになっている。
 シーサーは私の娘が沖縄に行った時のお土産であり、秋田犬は『日本の天然記念物』という雑誌の付録であったフィギュアである。なんにせよ、一時の気休めであるから、どんなものであっても構わないのだろうが、一応はそれらしい謂れを無理矢理作り出して、これを持っていけば安心できるから、と気の弱そうな子には勇気付けている。いくら勉強していても、最後の最後はどれだけ普段どおりの力を出せるかが勝負の分かれ目だから、私にできる最後の仕事は生徒を勇気付けてやることだけだ。「ドキドキしてきたら、ピッコロを握り締めてごらん。すーっとして落ち着けるから」などと怪しい宗教家のようなことを言ってみることもある。まあ、試験さえ終わってしまえば私の言ったことなどまるっきり忘れてしまうのだから、期間限定の魔法のようなものかもしれない。
 これ以外にも、私の塾秘伝のお守りがある。それは京都の北野天満宮で売っている梅干である。北野天満宮は梅の名所として名高いが、それにあやかって梅干が箱に入って売っている。15年近く前に父が初詣に行った折りに買ってきてくれて、受験生に京都の受験の神さまのところの梅干だと言って分けたところ、なかなかの好評でそれ以来ずっと、受験生には1粒づつ渡している。「皮を食べたら種を取っておいて受験会場までもって行けよ、必ず芽が出るから」と言っておくとほとんどの生徒が素直に言うことを聞いてくれる。中には梅干が食べられないという子もいるので、そういう子には家族に食べてもらって種だけ持っていけばいい、と安心させている。おぼれる者藁をも掴むというが、本番近くなるとあれこれ精神的な支えがどうしても必要になるので、梅干は最後の切り札だ。
 今は娘が京都に住んでいるので、頼めば年末に買って帰ってきてくれるし、足らなくなれば郵送させればいい。それまでは、妻が日帰りで、観光がてら神社まで行って合格祈願をしてきた。えらく高くついた梅干だったが、今はずいぶん負担が少なくなった。だからと言って、効果が少なくなるなんてことはないだろうけど。
 本当に、私も気を引き締めなければならない時期になった。


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