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たぬきが・・

 びっくりしたあ、本当にびっくりした。狸が道の真ん中で車に轢かれて死んでいた。9時に授業が終わって生徒をバスで送っていく途中、20mくらい先に何か物体が横たわっているのが対向車のライトに照らし出されて見えた。一瞬いやな予感がして、じっと目を凝らすと対向車が大きくよけながら通っていくのが分かる。あーあ、何か死んでいるんだなと覚悟を決めて、近づいて行った。ちょうど私が右折しなければならない位置にその死体が横たわっていたものだから、対向車が行き過ぎるのを待つためそこで停止せざるを得ず、見たくもないのにどうしても視界に入ってくる。「え~っ!」と私は思わず声をあげてしまった。「狸だ、狸!」それに反応して、後ろに乗っていた数人の生徒も確認したらしく「狸、狸」と呟きだした。体長は50cmくらいで、毛がふさふさして毛皮にしたらいいなと思うほど見事な毛並みだった。なにしろ暗闇で、薄目を開けて恐る恐る見たものだから正確なことは分からなかったが、猫と犬のちょうど間くらいの大きさだった。右折した後、1人の生徒を降ろし、Uターンしてまた同じ所に戻ってきたところ、今度は見える角度が違って、狸の頭部が見えた。口を半開きにして息絶えたようで、真っ赤な口の中が見える。もう私は吐きそうになるほど気分が悪くなり、一目散にその場所を離れたのだが、今思い出しても悪寒が走る。
 私は死体というものが大嫌いだ。人間の死体は言うまでもない。今まで生きてきて、自分の母親の死に顔くらいしかまともに見たことがない。この年になれば数多くの人々と別れを告げてきたが、どうしても死に顔を拝むことができず、最後の別れといえども隅のほうから、ちらっとしか見ることができない。怖いからなのか、悲しいからなのか分からないが、臆病者の私のことだから、きっと怖いからなんだと思う。
 それはなにも人間に限ったことではない。犬や猫からネズミに至るまで、死体が嫌で仕方がない。一時期ネズミが我が家の屋根裏で大量に繁殖したことがあった。妻が粘着式のネズミ捕りを買ってきて、何匹か捕まえた。時々その処理を私に頼んできた。私が生き物の死体を毛嫌いしているのを十分承知の上で、わざとからかい半分で私に頼むのだ。私は言を左右にして逃げようとするのだが、あれこれ難癖をつけて私が処理せざるを得ない羽目に追い込んでくる。その時の彼女の魔女的な目の輝きは、表現しがたい迫力があり、どうしても逃げ切れずに引き受けてしまう。もうこのときの気持ちほど、悲しくて恐ろしいものはない。半分横を向きながら、ネズミ捕りをごみ収集袋に押し込み、それを持って猛ダッシュで焼却炉まで走って行き袋ごとぶち込む。本当に半泣き状態になるくらい嫌な仕事だ。
 それにしても、こんな田舎で暮らしていると何とまあ動物の死体を見ることが多いことか。さすがに狸は初めてだったが、1ヶ月ほど前には蛇が轢かれて道路にへばりついていた。何度も繰り返し轢かれたのだろう、もうほとんど平になって皮だけが残っているような状態だった。そのすぐ後にはネズミが同じようにつぶれた形で地面に無残な死に様を晒していた。こんなことは枚挙に暇がないが、田舎のほうが都会よりも死があからさまなんだなと今さらながら思う。
 かく言う私も1年ほど前に猫を轢いてしまった。バスで国道を走っていたら猫が一匹バスの前に飛び出してきた。あまりに突然のことでブレーキもほとんど踏めなかったが、前輪と後輪が猫の体の上に乗った感触があった。「アーッ!」と言って車を停めてバックミラーで確認したが、何も見えない。最後部に乗っていた生徒が後ろを見ても何もいないと言う。あの感触から言って、絶対に轢いたと思ったのだが変だな、と狐につままれたような気がした。生徒を送り届けた後もう一度現場に戻ってみたのだけれど、何の後も残っていなかった。
 結局は殺生をせずに済んだわけだが一体なんだったんだろう。ひょっとしたら、尻尾の上をタイヤが通っただけなのかなあ。実に不思議だ。
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