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お薬師さん

 私の自宅近くに、この地域ではかなり由緒正しい禅寺がある。いつ頃誰によって開かれたとかいう縁起については何も知らない。そうした古刹について薀蓄を語るほど私がまだ枯れていないからかもしれない。しかし、多くの檀家を抱えて2・3年前には庫裏を改築したし、住職の自宅も立派な建物に建て替えられた。「坊主丸儲け」という言葉があるが、それに近い豊かな暮らしをしているのは傍目にもよく分かる。住職には1男3女があり、次女は私の娘と同い年で小学校が一緒だった関係上、多少の付き合いがあった。長男は仏教系の私立中高に進学したが、長女・次女はミッション系のお嬢さま学校に進んだため、信教の自由の有り難さを身をもって私たちに諭しているんだな、と開かれた宗教家の教育方針にただ感心するばかりである。
 などと嫌味を書こうとしたのではなかった。毎年11月8日と12日に催されるその寺の縁日について書くつもりだった。その寺には、本尊の釈迦牟尼仏の他、薬師如来も祀ってあり、この両日がその縁日であるため、地元民は「お薬師さん」と親しみを込めて呼び、毎年この時期になると心待ちにしているお祭りである。いつから続いている行事なのか全く知らないが、私が小さい時にはもう盛大に賑わっていたから、100年近く続いているのかもしれない。
 その寺には、国道から横道に入り、境内まで100mほどなだらかな坂道を途中大きく曲がりながら登って行くと到着する。縁日の日には、国道から入った参道に沿って3時頃から露店が並び始める。綿菓子・お好み焼き・焼き栗などの食べ物から金魚すくい・風船釣り・サメ釣りなどの遊戯の店まで50以上の露店がぎっしりと並ぶ。それ以外にこの縁日には金太郎飴をはじめとして、各種色々な飴を売る露店も多く並ぶため、昔から私たちは「あめんぼう祭り」と呼んできた。地域限定の小さなお祭りではあるが、参拝すると目に効能があるという評判が行き渡り、、わざわざ遠くからやって来る参拝客も多く、境内まで続く狭い参道は人と露店でごったがえす。私も子供の頃は必ず小遣い銭を握り締めて、友達や家族と行ったものだ。晩秋の冷気が人いきれで緩和された中、露店のオレンジ色の電灯に照らし出された参道を、夢見心地で何度も上り下りしたものだった。
 今年もそんな光景が繰り広げられるものだと私は思っていた。しかし、様子が違っていた。
 毎年この縁日の日には、地元の中学生はほとんど塾を休む。縁日くらいで塾を休むなと文句は言ってみても、土着民である私にはそれも仕方ないと思う気持ちも強い。今年は火・土にあたり、両日とも中3生が来る日であるから、受験生といえども祭りのほうを選ぶ生徒が多いだろうなと、大量の欠席者を予想していたところ、意外や意外、火曜日には8割位の生徒が出席した。(もっとも土曜は4割くらいの出席率だったが)さすが受験生だけあって気合が入っているなと一人の生徒に話しかけたら、「ちがうよ。今年はお祭りの規模が縮小されて面白くないから行くのをやめたんだ」と答えた。「なんだそれ?店が出てないの?」「店は出てるけど、坂には全然なくて全部お寺の境内と駐車場に集まっている」「えーっ、なんだって。そんな寂しいのはお祭りじゃないだろ」と思わず私が叫んだら、坂の途中に家がある、別の生徒が事情を教えてくれた。「坂に露店があると緊急車輌が通れないから、警察が反対したらしいんです」「反対もなにも、何で今さら警察がそんなことを言い出すんだ」だんだん私は腹が立ってきた。確かに警察の主張は正論だ。お寺近くで火事が起これば消防車、急病人が出れば救急車、犯罪が起こればパトカーがその坂を通らなければならないだろう。しかし、何十年と続けてきたこの祭りの当日に、そんな緊急事態が起こったことが今までにあっただろうか。勿論、今までなかったから今年も何も起こらない保証はどこにもない。しかしなあ、と私は考え込んでしまった。
 そう言えば、9月に行われたわが市恒例のお祭りも、道路を通行止めにして露店を並べていい区間が例年よりもはるかに縮小されてしまった。この時は万博がらみで交通渋滞を緩和するための措置だと思っていたのだが、実はその時も緊急車輌が通れるようにという理由が挙げられていたそうだ。
 しかしなあ、と私は今でも納得できない。住民のささやかな楽しみである縁日やお祭りを、警察や市当局はどうしてこんなに圧迫してくるのか。警察が警察の論理で動くのは当たり前だし、それでなければ我々住民が困ることも多々あるだろう。しかし、たとえ緊急事態が起こったとしても、参拝客にそれを伝えれば誰も文句を言わずに道をあけるに決まっている。露店だってすぐに移動させるだろう。それで十分ではないだろうか。
 勿論様々な考えがあるだろうが、杓子定規ではない対応を来年のこの日までには何としても考え出してほしいと思う。
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