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「女の読み方」

 中森明夫著「女の読み方」(朝日新書)を読んだ。「オタク」という言葉を生み出したと言われる作者が、1990年から2002年まで雑誌「SPA!」の巻頭グラビアページ「ニュースな女たち」で、カメラマン篠山紀信が撮った写真に1200字ほどの文章を寄せたコラム570回分から、自ら選び抜いた100編を集めて1巻と成したものである。1960年生まれの中森は、自身の30代を丸ごと注ぎ込んだこの仕事を、女性を通して読み取った「90年代論」だと呼んでいる。
 ”女の時代”と言われた80年代から一変して、90年代は”女の受難の時代”だったと彼は定義する。確かに松田聖子に代表されるように、多くのバブル的な女性がバッシングを受けた。そんな”女の冬の時代”とも言うべき90年代に、あえて闘いを挑み、生き抜いた女たちを、中森明夫はひたすら讃える。驚くべきことに、この選ばれた100本の文章のどこを読んでも、100人の女性をただの一言も貶していない。と言っても、お追従を羅列しているわけではない。雑誌に登場する女性の撮影現場に立会い、彼女たちの作品すべてに目を通した上で原稿を書くという気の遠くなるような作業を経た上で書き上げたというその文章は、賛辞というよりも女性に対する深い愛情に支えられた文章ばかりだ。それでも時には太鼓持ちみたいだなあ、と思うこともあったが、これだけ何の不満も漏らさずに、ただただ彼女たちを賛美し続けるのは恐ろしい才能だな、と嫌味でも何でもなく素直に思った。一回ごとに文の味付けを変え、硬軟取り合わさった書きぶりは読者を飽きさせることがない。週刊誌という不特定多数の読者を相手にする舞台で、見事なエンタティナーぶりを発揮するその才気煥発さには何度も舌を巻いてしまった。
 だが、果たして作者が自負するほど、女性を通しての「90年代論」が成功しているだろうか。なにせこの本に取り上げられた女性がほぼ芸能人ばかりであるため、作者の言うがままを受け取ることは少々首肯しかねる。やはり芸能界というのは特殊な世界であり、そこに生息する芸能人の感覚は私たち一般人のものとは乖離していると考えるのが当然であろう。芸能人は時代の空気を敏感に反映してはいるかもしれないが、時代そのものを体現してはいない。虚飾に生きる女性たちから真実を読み取ろうというのは、些か無理があるような気もする。もちろん作者が最初から意図して時代論を書き綴ったものではないのだから、結果として時代論めいたものが出来上がっていたと考えるべきなのだろうが・・。
 さすがに、100人もの女性について濃密に書かれた文章を一気に読み通すだけの活力は私にはもうない。一日に2、3編ずつ読んでいったら、読み終わるのにかなりの日数がかかった。すべての文章が、中森が生の女性から感じ取ったエキスから抽出したものであるだけに、何も考えずにどっぷり漬かってしまうのは彼の女性観に白旗を上げたようになるのではないか、などと警戒しながら読んでいたので、余計に時間がかかったかもしれない。
 私がこの100編の文章の中で一番好きなのは、「二十世紀を生き尽くす」と題された、今は亡き「きんさん、ぎんさん」についての文章である。90年代最終号に掲載されたというこの文章は、100歳を超えた双子の姉妹への暖かい眼差しで満ち溢れている。

 きんさん・ぎんさんに逢った!その瞬間の感動をどう伝えたらいいのだろう。「ナ~ニ、にゃがく生きただけだぎゃあ」とぎんさんが笑い、きんさんは目を閉じている。「また死んだフリしとる」と息子さんが声を掛けると、老婆は目を閉じたまま薄(うっす)らと微笑む。その瞬間、座は爆笑の渦に包まれた。一緒にいるだけで心がぽかぽかとあったまってくる。まるで人間温泉だ。きんさん・ぎんさんは生けるメッセージなのだと思った。語らずとも我々に重要なメッセージを送ってくれている。そう、ともかく「長く生きなさい」、と。長く生きなければわからない真実(こと)がきっとあるのだから・・。

 こんな文章が書ける人は間違いなく「善き人」だ。この文章に出会えただけで、この本を読んだ甲斐があったと思う。
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