今日は朝から・・ちと忙しい。
国際免許を取りに行くが・・昔に比べたら結構混雑していてびっく。年末年始にかけて皆さん運転なさるんですね。
で、久しぶりに愛車を運転で年末のデパチカへ・・途中の道路工事は相変わらず。
1ヶ月ぶりなのでエンジンが・・と思いましたがちゃんと働いてくれて一安心。
そうそう、お家の周りのつる性植物がそろそろ枯れてきたので処分しようと思ったのだが何だかわからない実がたくさんなっていて・・いったい何の植物だったんだろうね。生命は強い!
夜は昔からの知り合いのお家にお招きでお食事。
その方が昔中国でお勉強していたのだがそれは東北部、で上海に家族が来たのでそのホテルに会いに出かけたら、東北なまりの中国語でホテルのドアボーイに『あっちいけ』と追い払われた話とか・・(中国でも地方差別が激しい例)あ、もちろん日本人でありますよ。生粋の。
楽しいひと時を過ごしました。
○7月6日(火)
バチカン詣で実現しなかったkおばちゃん。
お次は・・趣味と実益をかねて??ある場所に向かうことにしました。
そこへはまたバスに乗って向かいます。バスの車窓からはこのような景色もみえます。
街中の目抜き通りを走ってゆく感じですね。
車窓を眺めていて・・とある角でふと目に留まったものがありました。
拡大するとこれです。Cesare Battistiの名前が読み取れます。
Cesare Battisti氏とはいったいどなたでしょうか?お得意の『後で』調べてみました。
Cesare Battisti氏は1875年2月4日にイタリア北部、ボルツァーノの55km南、ヴェローナの100km北のアディジェ渓谷に位置するTrentoの町で生まれたそうです。
当時のトレントはその住民はイタリア語を話すにもかかわらず、領土的にはハプスブルグ領のオーストリア・ハンガリー帝国に組み入れられていたそうです。
イタリアとオーストリア・ハンガリー帝國が対立した第1次世界大戦時に、彼はイタリア側で戦い、オーストリア・ハンガリー帝國の捕虜となり『反逆罪』に問われ、絞首刑の処分をうけることになったそうです。
その執行の時、ロープが途中で切れてしまって・・中断。で翌日『補強』されたロープにより再び執行された・・というエピソードの持ち主だそうです。
あら、2回も絞首刑にされちゃった人だったんですね。
kおばちゃんの場合も、重量オーバーでロープが切れる危険性はありますね。
彼の、『イタリア祖国の為に戦った』という行為のために、イタリア国内では『英雄』とされているそうで、彼の名前にちなんだ場所があるそうです。
kおばちゃんの画像を撮った場所もそんなひとつだったのだと思います。ベネチア広場の一角です。
彼は死刑執行時にイタリア軍の制服を血で汚したくないと主張して粗末な衣装で刑の執行に望んだそうです。そんなエピソードも『英雄』として讃えられる一面なんでしょうね。
このような場所も通り
辿り着いたのはこんなバス停のあるところです。
正面建物がkおばちゃんの目指すところです。
到着したのはローマ・テルミニ駅Stazione di Roma Terminiです。
kおばちゃんの目指すのはそのなかでも、空港行きのホームです。
レオナルド・エクスプレスLeonardo Expressというのがローマ・テルミニ駅とフィウミチーノ空港を走っていると聞いているので、これから利用しようかと思い下見にきたのであります。
25番線だそうで・・・遠い、遠い・・・次の駅になっちゃうんじゃないか・・と思うくらいです。
やっとホームの端までたどりつきました。
ああ、ここで切符を買うのね・・それにしても・・すべて手動です。
30分に1本くらいずつあるみたいです。しかし・・ここまで荷物をもってバスをりて・・と
シュミレーションすると・・かなりきついかな。
なによりも『暑くて』やる気が全然起きません。ちょっと考えて見ます。とすごすご戻りました。
さ、せっかく駅まで来たんです。列車を眺めて帰りましょ。なんせkおばちゃん少し『鉄』はいってますので・・
カッコイイ列車ですね。ナポリ行きだそうです。
こちらの列車はここで運転おしまいでしょうか?
そういえばこの『テルミニ』という名前は『終着駅』という意味合いがありますね。
ただ、ここローマの場合は近くに古代ローマの『テルマル(浴場)』があったからとされているようです。
いずれにしろ、この駅は日本には数少ない『行き止まり方式』の駅です。
こちらのホームに止まっているのはアドリア海に面した町アンコーナAncona行ですって。
こんな可愛い列車です。
さて、そろそろ暑さも限界・・と思ったらこんな売店が目に入りました。
ジェラートというよいもアイスと呼びたくなるような品揃えです。
L’Alta Gelateria もちろんお買い上げで・・頂きました。
さて、そろそろ帰りましょ。
国際免許を取りに行くが・・昔に比べたら結構混雑していてびっく。年末年始にかけて皆さん運転なさるんですね。
で、久しぶりに愛車を運転で年末のデパチカへ・・途中の道路工事は相変わらず。
1ヶ月ぶりなのでエンジンが・・と思いましたがちゃんと働いてくれて一安心。
そうそう、お家の周りのつる性植物がそろそろ枯れてきたので処分しようと思ったのだが何だかわからない実がたくさんなっていて・・いったい何の植物だったんだろうね。生命は強い!
夜は昔からの知り合いのお家にお招きでお食事。
その方が昔中国でお勉強していたのだがそれは東北部、で上海に家族が来たのでそのホテルに会いに出かけたら、東北なまりの中国語でホテルのドアボーイに『あっちいけ』と追い払われた話とか・・(中国でも地方差別が激しい例)あ、もちろん日本人でありますよ。生粋の。
楽しいひと時を過ごしました。
○7月6日(火)
バチカン詣で実現しなかったkおばちゃん。
お次は・・趣味と実益をかねて??ある場所に向かうことにしました。
そこへはまたバスに乗って向かいます。バスの車窓からはこのような景色もみえます。
街中の目抜き通りを走ってゆく感じですね。
車窓を眺めていて・・とある角でふと目に留まったものがありました。
拡大するとこれです。Cesare Battistiの名前が読み取れます。
Cesare Battisti氏とはいったいどなたでしょうか?お得意の『後で』調べてみました。
Cesare Battisti氏は1875年2月4日にイタリア北部、ボルツァーノの55km南、ヴェローナの100km北のアディジェ渓谷に位置するTrentoの町で生まれたそうです。
当時のトレントはその住民はイタリア語を話すにもかかわらず、領土的にはハプスブルグ領のオーストリア・ハンガリー帝国に組み入れられていたそうです。
イタリアとオーストリア・ハンガリー帝國が対立した第1次世界大戦時に、彼はイタリア側で戦い、オーストリア・ハンガリー帝國の捕虜となり『反逆罪』に問われ、絞首刑の処分をうけることになったそうです。
その執行の時、ロープが途中で切れてしまって・・中断。で翌日『補強』されたロープにより再び執行された・・というエピソードの持ち主だそうです。
あら、2回も絞首刑にされちゃった人だったんですね。
kおばちゃんの場合も、重量オーバーでロープが切れる危険性はありますね。
彼の、『イタリア祖国の為に戦った』という行為のために、イタリア国内では『英雄』とされているそうで、彼の名前にちなんだ場所があるそうです。
kおばちゃんの画像を撮った場所もそんなひとつだったのだと思います。ベネチア広場の一角です。
彼は死刑執行時にイタリア軍の制服を血で汚したくないと主張して粗末な衣装で刑の執行に望んだそうです。そんなエピソードも『英雄』として讃えられる一面なんでしょうね。
このような場所も通り
辿り着いたのはこんなバス停のあるところです。
正面建物がkおばちゃんの目指すところです。
到着したのはローマ・テルミニ駅Stazione di Roma Terminiです。
kおばちゃんの目指すのはそのなかでも、空港行きのホームです。
レオナルド・エクスプレスLeonardo Expressというのがローマ・テルミニ駅とフィウミチーノ空港を走っていると聞いているので、これから利用しようかと思い下見にきたのであります。
25番線だそうで・・・遠い、遠い・・・次の駅になっちゃうんじゃないか・・と思うくらいです。
やっとホームの端までたどりつきました。
ああ、ここで切符を買うのね・・それにしても・・すべて手動です。
30分に1本くらいずつあるみたいです。しかし・・ここまで荷物をもってバスをりて・・と
シュミレーションすると・・かなりきついかな。
なによりも『暑くて』やる気が全然起きません。ちょっと考えて見ます。とすごすご戻りました。
さ、せっかく駅まで来たんです。列車を眺めて帰りましょ。なんせkおばちゃん少し『鉄』はいってますので・・
カッコイイ列車ですね。ナポリ行きだそうです。
こちらの列車はここで運転おしまいでしょうか?
そういえばこの『テルミニ』という名前は『終着駅』という意味合いがありますね。
ただ、ここローマの場合は近くに古代ローマの『テルマル(浴場)』があったからとされているようです。
いずれにしろ、この駅は日本には数少ない『行き止まり方式』の駅です。
こちらのホームに止まっているのはアドリア海に面した町アンコーナAncona行ですって。
こんな可愛い列車です。
さて、そろそろ暑さも限界・・と思ったらこんな売店が目に入りました。
ジェラートというよいもアイスと呼びたくなるような品揃えです。
L’Alta Gelateria もちろんお買い上げで・・頂きました。
さて、そろそろ帰りましょ。