私には,とても気まずいとしか言いようのない、救急車のサイレンの音が
聞こえてきました。
できれば呼びたくなかった。
そんな私の心境を分かっているかのように、割と遅い到着でした。
その時、私の症状はまだ完全には治まっていなかったので、呼んで正解だったのかもしれませんが・・・。
私は、いつも割と目立つピンクの袋に、保険証、被爆者手帳、診察券、お薬手帳などを入れて、いざっという時にも、
すぐに持ち出せるように用意しています。
その点は慌てないで済みましたが、身なりが今一つ。
着替えるのさえ、その時は辛いと思いましたが・・・。
幸いにも、すぐ傍にワンピースが置いたままになっていたので、急いで着替えました。
割と最近の事。
長女に言われたことがあります。
ママは、退院する時でも、身なりや髪型を気に掛けるわよね。
そんな時は、病人なのだから、どんな格好でもいいのに、と言って苦笑いされました。
救急隊員さんは、とても優しい方々で、私の動揺した気持ちは次第に収まっていきました。
オーバーな表現で思い切りお世辞も言われ、悪い気分はしませんでしたが、私は苦笑い。
恐らく救急隊員さんは、褒められる点が少しでもあれば褒めて上げなさい。
患者さんは、嬉しくなって気持ちが落ち着くものだから。
そんな指導を受けているのでは、と思った程です。
この像も、とても気に入って下さったようです。
私にとっては、いつも我が家を見守ってくれている天使のような気持ちでいます。
その褒め言葉とは、我が家についてでした。
すごい豪邸ですね~。
まるでヨーロッパの家みたいです。
何度も何度も感心したようにおっしゃるので、
私は「そうですか」と返答して、微笑むだけ。
救急車のベッドに横になっても、まだ左胸の違和感が多少ありました。
血圧を測ったり、心電図をとったり、他にも何かなさっていたようですが、
私は自分の身を委ね、為されるままでしたから、よく覚えていません。
「最近眼科の診察を受けていますね。
その理由は?」
と訊かれましたから、目の症状を詳しくお話ししました。
診察が一通り終わり、救急隊員さんが言われたことは、
「差し当たって今、急を要するような所は診られません。
心筋梗塞などの兆候もないようです。
このまま病院に行ってもも構いませんが、奥さんがそれなら自宅に戻りしばらく様子を見たいのなら、
そうしてもいいですよ。
呼んで下されば、又、再度駆け付けます」と。
その様に言われ、一瞬迷いましたが、家に戻ることを決心した私です。
去年の今の時季、私は同じ症状で入院となり、その時はナースステーションに隣接するICUに入れられました。
カテーテルなどの検査も受けたのですが、全く異常が見られず、退院した私です。
ですから去年のことを思い出し、家に戻ることにしました。
何だかお騒がせだけして、申し訳ない気持ちで一杯になりましたが、もう高齢の身。
体に異変を感じた時、我慢をすれば、取り返しのつかない事になることもあるでしょう。
少々恥ずかしかったですが、これで良かったのだと思うしかありませんでした。
救急車騒動は、これで一件落着。
その日は、午後になるまで、まだ心の動揺が収まらず、家事が手に付きませんでした。
以前、お世話になっていたかかりつけの先生に、「一時的な心臓の痙攣」と言われたことがあります。
既にそれから数年たつので記憶があいまいです。
痙攣の表現は間違っているかもしれません。
この異変に年に4~5回は毎年見舞われる私ですが、ニトロを使用しても治まりませんと、怖くて仕方なくなります。
この原因を突き詰めると、もしやこれでは、と思い浮かぶことはあります。
ブログの更新も、もっと気ままに臨みたいと思ったのも、この度の事が理由の一つかもしれません。
昨年も、奇遇にも、全く日付が同じ日に、救急車で搬送され入院した私です。
記憶力のいい妹が教えてくれ、とても不思議そうにしていました。
それ以降、秋口まで体調不良が続き、散々だった私です。
インフルエンザにもかかり、その後遺症で、酷い倦怠感にも見舞われ続けました。
ところが、10月中頃から、突然元気に。
それ以来、何時になく体調は良好、80歳の今も、絶好調と言えるのかもしれません。
本当に不思議な経過を辿ってきた私です。
この度、久しぶりにまた起きた体調の異変には、多少思い当たることもあります。
ですから、その点を気を付けて、今後は暮らそうと思っています。
このお話は、又いつかさせていただきますね。
下の商品は私からのお薦めしたいものです・
長い年月、年中肩こりで悩んでいた私が、下の錠剤を服用するようになって以降、肩懲りに余り悩まされなくなりました。
今はほとんど肩こりの症状がありません。
この錠剤以外、治った理由で思い当たるものがありません。、
ここ半年くらいはまったく服用していませんが、このお蔭に違いないと、私は思っています。