普通な生活 普通な人々

日々の何気ない出来事や、何気ない出会いなどを書いていきます。時には昔の原稿を掲載するなど、自分の宣伝もさせてもらいます。

地デジ化に疑問は感じません?

2011-07-05 00:28:17 | まあまあ社会<的>な
 何もせずとも、時間は過ぎていくもの。それなら何かをしたほうが良いに決まっている。だが、そんな時ほど、何をしたらいいのか見えなくなっている。がむしゃらに出来ることをする、それが極意かもしれない。たとえば革命のようなもの…。

 地デジ移行へのタイムリミットが近づいている。皆さんは準備万端整って、いつアナログ放送が終わっても「えっ? そうなの」とやりすごせるのだろう。
 だが、ちょっと待って欲しい。
 正直なところ、ボクは地デジ移行への準備をまったくしていない。まったくする気になれないのだ。
 なぜなら、これほど強権的に有無を言わせぬ政策推進というものは、共産主義、全体主義国家の専売特許であって、自由を標榜する日本という国家で行われたことにショックを覚えるのだ。
 なんの選択肢もなく、しかもすべてが国民一人一人の負担で、国の政策でありながら、国は口を出すだけで、なんの負担もしていない。こんなことがシレッと行われていることに、国民は誰も不満どころか疑問すら持っていない。
 不満も疑問もないなら、それでいいじゃないかというレベルの問題ではない。これは、国家と国民という基本概念の問題なのだ。自由を標榜する国家にあって、国と国民の健全な関わりとはどのようなものなのか、真剣に考えるべき事であり時だったのではないかと思えて仕方がないのだ。
 たかが地デジごとき問題で、何を真剣にと思われるかもしれないが、こんな一見なんでもない軽い問題だからこそ、真剣になったほうが良いと思うのだ。
 今更というそしりを甘んじて受けるにしても、このブログを読んでくださる方には、遅きに失していると思ったとしても、是非一度考えてみて欲しいことのひとつではある。

 というわけで、我が家は、あと3週間したらテレビというメディアと無理とに別れさせられることになる。
 情報の共有もできなくなる。
 だが逆にそのほうが、どこかの誰かさんの思うつぼにならずにすむ、そう思ってもいる今日この頃です。