当初は縫い合わせた皮膚が生着してくれることを期待していた。
しかし、それが期待できなくなったからには何とか治すしかない。
一般的にはこのような傷では植皮を考えるだろう。
しかし、踵のように本来分厚い皮が覆っているところに、体の他の部位からうすい皮膚を採取して植皮しても、後で傷つきやすい踵になってしまう。
この患者さんは高齢で仕事は何もしていない。
時間はたっぷりある。
また、医療費についても交通事故の保険でカバーできる。
本人も手術はできるなら避けたいと希望している。
結論としては湿潤療法で気長に治していくのがベストと考えた。
問題はこれほど大きな傷が湿潤療法で本当に治るかどうかである。
治らない時はまた軌道修正すればよいと考えて治療を開始した。
最初の頃は傷からの浸出液も多かったので、水道水できれいに洗った後、アダプティックという創傷被覆材で覆ってその上にガーゼを当てて包帯固定した。
アダプティックというのはセルロースで編まれた繊維にワセリン(またはシリコン)をコーティングした非固着性ガーゼで剥離性がよいため、ガーゼ交換のとき傷口に貼りつかず、繊維を残さないという商品である。
せっかく病院で治療しているので、フィブラストスプレーも1クール併用した。
フィブラストスプレーは塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)というもので、スプレータイプの外用液剤として商品化されている。
そうこうしているうちにだんだん肉芽が盛ってきて傷がきれいになってきた。
そこで、浅い傷に通常私が使用しているプラスモイストとサージンフィルムという組み合わせで創傷処置を行うようにした。
プラスモイストは夏井先生が株式会社瑞光メディカルと共同開発した比較的安価な被覆・保護材(一般医療機器)であり、病院でなくても一部の薬局では購入することができる。
サージンフィルムはポリウレタンフィルムで未滅菌ロールタイプで比較的安価である。
水ははじくが皮膚からの水蒸気は通すという優れものである。
この状態でお風呂にも入れるので、もう入院を継続する必要もなくなった。
歩行は当初から踵を除圧させて許可している。
患者さんは痛みを訴えることもなく、自宅で普通の生活ができ、奥さんが毎日傷の処置をして、週一回通院してもらって私が確認するというパターンに落ち着いた。