顔面の挫傷は湿潤療法を行っていて最もその有効性を実感できるけがである。
夏休み中の救急で、9歳の女児が坂道を自転車で走り降りていて転倒し、アスファルトの路面で左顔面をこすりひどいけがをして母親と一緒に病院に運び込まれてきた。
当然のことながら治療をしようとしても子どもは恐怖で泣き叫んでいる。
母親に抱きかかえてもらい、まずは痛みを取ることにした。
このようなけがの場合、最も注意しなくてはいけないのはアスファルトにこすりつけて創面に入り込んだ黒い細かな砂粒を完全に取り除くことである。
そうしないと、けがが治った後に入れ墨のように黒い跡が残ってしまう。
外傷性刺青という。
必要ならば歯ブラシで汚れをこすり落とすことも行う。
「鬼手仏心」というやつである。
今回はそれほど深い傷ではなかったので生理食塩水を湿らせたガーゼで何回もこすり落とせば大丈夫そうだった。
しかし、無麻酔では痛がってなおのこと泣き叫ぶだろうし、麻酔の注射では針を刺す時に痛みが生じる。
そこで、キシロカインゼリーという麻酔用のゼリーを傷に塗ってしばらく待つことにした。
麻酔がかかるまでのしばらくの時間、母親に治療方針を説明した。
消毒は害があるのでしないということ。
きれいに汚れを落とす必要があること。
ガーゼは使わずに創傷被覆材で治すときれいに治るということなどである。
女児はしばらく泣き続けていたが、痛みはほとんど感じないようで、おとなしく処置をさせてくれた。
きれいになった傷はデュオアクティブETという薄いハイドロコロイドの創傷被覆材で覆い、その上からポリウレタンフィルムを貼り付けた。
4日後、変な藪医者に大事な一人娘の顔の傷に妙な治療をされていると父親が心配してついてきた(藪医者というのは私の創作だが、これは看護婦さんが前日に母親から聞き取った情報)。
診察室に入ってこられた時には表情が険しい。
しかし、4日目になるともう傷はだいぶ治りかけており、百の理屈よりも傷が治ってきていると言うことで父親も納得してくれた。
湿潤療法というのは新しい治療法で、決して妙な治療ではないのだと言うことを説明させて頂いた。
初回以降は高価なハイドロコロイドではなく、いつも私が使うプラスモイストとポリウレタンフィルムの組み合わせで処置をした。
このプラスモイストについても新しい優れた治療材料なのだと言うことを説明した。
最後にはこの父親も記念写真を撮らせてくれて、笑顔で帰ってくれた。
受傷から2週間後、最後のコントロール時の写真であるが、見事に治っている。
うっすらとピンクの部分がアスファルトでこすった部分だが、このように全くかさぶたを作らずに治るのが湿潤療法の特徴である。
受傷時に泣き叫んでいた女児も、その後の処置では全く泣くことはなかった。
痛みが全くないからである。