最近、登壇のための原稿やテキストの構成/校正なんかにがらにもなく追われておりまして、行きづっまっておりました。まー、進まんモンですわ。そんな中、先週の金曜から二泊三日で帰省してきました。
できるだけ多くの人と会いたいので事前にスケジュールを調整しまくるんですが、私の郷里独特の都合で「稲刈り都合」で会える会えないが決まる方もいます(笑)宿に荷物を下ろしてすぐさま市役所へ行って改正原戸籍を辿れるだけ辿りました。要は先祖を辿りたかったのです。私や兄の予想は父方は田舎でそのまま居た人で、母方は生前聞いていた岐阜・高山辺りから流れてきたのだろうと思っていました。母方は予想通り「西礪波郡利賀村」から来ていたことが解りました。父方はなんと「東京府東京市浅草区千束」から来ていたことが解りました。先祖はちゃきちゃきの江戸っ子!東京の先祖は明治三十年代までたどれたのですが、それ以前のものは政府の戸籍制度が明治初年ですが関東大震災/東京大空襲などで無くなっていると思われます。東京で何世代続いたのかは不明です。江戸時代などは寺の過去帳などが戸籍代わりだったようですが無いでしょうね。
まっ、それはそれで…
翌日、説明が難しいのですが私の母の親友の娘さんであり、私の幼なじみの姉にあたる人に京都土産を渡しにいきました。(私はネェちゃんと呼んでおります)亡くなる前の母の面倒をよく看てくれて、それ以降連絡を密に取るようになって、最近大病もされた事もあって会いに行きたかったわけです。父と母、父方の本家の墓参を済まして、私の母の親友であるおばちゃんとネェちゃんと再合流して昼食をしていろいろお話をしました。昔話に花が咲くというやつです。なにせ、両親が離婚した小学校高学年以降、母代わりになっていた人なので親子共々お世話になっている方なのです。今回帰省したもう一つの目的は実家の片付け、私の荷物の処分なのですが二十代後半に日舞の師範をしていた母方の叔母(長女)に弟子入りしたときに作った着物、袴(はかま)の処分に困っていて「地域の顔役」でもあるおばちゃんに相談したところ「孫にも使えるかも知れないし、知り合いの子供や孫にも使えるかも知れない」ということで有効活用していただけるようで安心しました。
レンタカーを返しに行って高校の同級生4人と合流して「呑み会」です。高校の同級生ですので「気分は18歳」です。19時から始まって、場所を変えて午前二時まで…。歌って踊って、はしゃいでしまいました。案の定、翌朝はお酒が残り、やらかした後悔も残り…。
駅でネェちゃんと待ち合わせして障害者福祉の話しをしていると、新幹線まで後四分!駅の中をスーツケースとリュックを抱えてダッシュです(膝は痛いよ)ホームに1分前にたどりつきました。京都に行くまでには特急に乗り換えなきゃいけないんですが特急の中では爆睡でした。京都駅からタクシーにしようと思ったのですが、ケチ根性が出てきて市バスで観光客にもまれてなんとかたどり着きました。
そんなこんなはありましたが、いろいろ話せて騒げてストレスがすっ飛んだようです。疲れは残りましたが。
さて、原稿が進むかな?