「うつせみ和尚」のお説教

『うつせみ和尚の日記』二件の事故が元で『(複雑性)PTSD/鬱』になって
闘病、障害当事者として活動している者です。

日日是仏滅 「開設20年!!」

2024年09月29日 23時46分28秒 | 日日是佛滅
知らぬ間に+知らぬ間に=一年経って丸19年で20年目を迎えました。
みなさまのご愛顧もなく20年(笑)
ありがとうございます。
満場のパラパラの拍手ありがとうございます。(笑)

一昨年と去年振り返ったので、今さらなに書くわけじゃないけど、いつものようにダラダラ書きで。もー、京都に出て来たのはこのブログが始まって1年後くらいだと思うので、京都に来て来年辺りで20年と言うことかな?20年何があったのかさっぱり忘れてしまいましたが、「恥」と「苦しさ」はよく記憶に残ると言われますが、「恥」はねぇ~、くよくよと言うかしばらく引き摺りますね。「苦しさ」「ツラさ」は、もちろん時間が経てばライブ感は失われていくわけです。でも、その中の強烈な印象が残る「嫌な思い出」が残るのか「ツラい思いももちろんあったけど、こんな良いことあったな/面白いことあったな」と全体の「苦しさ」「ツラさ」の記憶から抽出されて、抽出された記憶が増幅されていくもんです。心理学とか脳科学とか、難しい単語使って表現されるのでしょうが、私にはわかりませんね、さっぱり。
記憶の浄化✕悪い記憶の増幅というのは年取ると、繰り言になって出てきますよね。「おじいちゃん、また同じ事言ってる」って。私はその前兆が出てますがね。
なんらかの病気になった人は「こんなにツラかったんだ!」というのは、他の人には伝わりにくいから繰り返し言う。でも、「この体験は私だけのものだから」という独占欲みたいなものと、理解して欲しいという気持ちの共存みたいなもんです。この自分の感情を整理するのは本人の中でもなかなか難しい。周りの人の中には言葉を聞いて分かったつもりになっている人もいて、でも本人と話すと体験者が少しの違いでも「全然分かっていない!」と突き放したりする。その人にとって貴重な存在さえも遠ざけてしまったり...。寄り添っている人も、どこか「感謝されたい」「他人からエライね」と言われたいという気持ちも少し湧いたとしても「全然分かっていない!」と当人から言われたら、「ここまでしたのにしてあげたのに」と思わず声に出たり、言わないまでもそう思ったり。

しかし!
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(笑)

悩む人は藁にもすがる思いですが、悲しみ・ツラさ・苦しさというのは、最後は自分で始末を付けなければならないものの、手がかりとして外に一度出してから改めて自分のものとして消化したいので、あなたの近くの「藁」をとりあえずすがってみればいかがでしょうかね?
人でも良いし、散歩でも、日記でも、音楽でも、お笑いでも、悲しいドラマでも気の向くままに藁を一握り...。
高い壺はダメですよ。

ちょっと良いこと言った!(これさえ言わなきゃね





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日日是仏滅(にちにちこれぶつめつ) 「過言と書いて『しゃべり過ぎ』と読む」

2024年09月16日 17時06分16秒 | 日日是佛滅
私の場合、難しい話し合いでの場での発言はすごーっく「控えめ」です。その反動かどーでもいいような話しにはしゃべり過ぎるきらいがある。なんでかな?とよ~く考え今まで来ているが「性分」「『控えめ』の後の反動」「バカだから」「独り暮らしで話し相手がいないから」。ん~、みんな当てはまるな、と思う。どうやらこれはアルコールが入る/入らないに関わらないようです。まっ、アルコール燃料が入って拍車が掛かることは否定いたしません。齢五十年を超えて余程のことが無い限り人間は変わらないものと思われます。(他人事)

そういやぁ、「小沢昭一的こころ」でもこんな回あったなぁ。
仕事ではなんの実績も無いのに、呑み会で活躍する社員の話









うつせみ和尚のお説教 「非難承知、パラスポーツにもの申す!」

2024年09月08日 17時52分09秒 | 「うつせみ和尚」のお説教
今、書いている段階で「パリパラリンピック」で日本選手が活躍していて頼もしい限りです。また、メダルに届かないまでも優れた技術やパワーには尊敬せずにはいられません。

で、パラオリンピックに限らず各スポーツ団体では「障害者大会」は行われています。パラスポーツは競技スポーツとしての意義はもちろん、活躍する障害者を見て障害者の世界を垣間見てもらったり、障害者の世界に興味を持ってもらうという大事な目的があると思います。パラオリンピック/各スポーツ障害者大会のほとんどは身体障害、軽・中度知的障害が主な対象で、その他の障害は出場規定には入っていません。もちろん、私のような精神障害も。とある競技団体に問い合わせたところ「出場選手が少ない」「エントリー選手が来ない場合がある」、その後に「今後、検討して参りたいと思います。」と言うお答えでした。「今後…」返事は来ておりません(笑)
私がよく言うのは「身体・知的障害は、障害者でも優等生」って言ってます。まっ、先駆者というか優遇されやすい対象ですよね。見た目や話せば「あぁ、障害者なんだな」と分かるので、その方のための優遇処置を実施するまでの時間は短い。見た目や普通に話していているような精神障害や高次脳機能障害、発達障害などは具合は悪くなるけど、あまり道ばたでバタリとは倒れない。自宅をのぞくとゴミ屋敷になっていたり、自立した生活が崩壊していたりするが、それは訪問するかしっかりと聞き取りをしないと、その一端が見えてこない。
なので、近年まで精神障害は「障害未満」扱いをされてきた。かといって精神障害者の団体から「パラオリンピック/各障害者大会に出場させろ!」という抗議運動はマスコミに取り上げられていないのか、そのような運動がそもそも起きていないのか?

追記:精神障害者対象のサッカーはあるみたいですよ。










うつせみ演芸の時間 「懲りずに、またまた落語CD収集の日々」

2024年09月03日 16時05分08秒 | うつせみ「演芸の時間」
これを知ったのは何が切っ掛けだったかもう覚えていませんが、「三代目(一説には二代目)古今亭志ん朝のCD化されていない音源がある」という謳い文句に、ホイホイと乗ってしまい買うことになってしまった…。
これは1ヶ月に一度「定期購読」という形で、CD二枚が送られて来ます。
二枚で¥3200です。ハードケースには入っていなくて紙の袋?には入っています。この志ん朝の噺はテンポが良く江戸っ子語りで聞いていて淀みが無いのがよく分かる。この志ん朝シリーズには「三代目 古今亭志ん朝襲名口上」も録音されているのでなかなか貴重のものではないかと思う。

これは古今亭志ん朝のシリーズですが、この後六代目圓生や志ん朝の父の志ん生、兄の十代目馬生などなど、いわゆる「名人上手(めいじんじょうず)」と言われる、今や伝説の落語家の未収録音源が続々発売されることになっている。

PS:落語や漫才などお笑いが好きだと言っても、私自身は面白いことを言う人間ではないので悪しからず。



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