9月下旬の一週間は新宿・鎌倉・港区と神社仏閣巡りをしていました。その一つの中野区成願寺を掲載。
鈴木九郎という人がこの地の荒れ地を少しずつ開いてゆき、働きぬいて財を成し中野長者とよばれるようになります。その後一人娘の小笹を亡くし十二社に御堂を建てて禅師一行を招き、小笹の供養と曹洞禅の精進が成願寺のはじまりです。
お寺と同系列の隣接には幼稚園があります。本堂前に引かれている白線は幼稚園の為のようです。丁度園児らが一同になってお出掛けです。
開創当時より観音様に縁が深く、西国三十三ヶ所・坂東三十三ヶ所・秩父三十四ヶ所のあわせて百の同じお姿の観音様が安置されている圓通閣(百観音堂)。
他にも境内にはお地蔵さまが多く見られます。
鍋島家の墓碑が安置されています。佐賀藩鍋島家の子女のお地蔵様ですが詳しいことはわかっていません。
多宝山 成願寺の山門を内側から。
H 29/ 9/ 27 撮影
一昨日用事が有って中野まで車を走らせましたが、丁度このお寺さんの前、中野長者橋で首都高速を降りました。
長者橋の名前もこの方から来ているのでしょうね。勉強になりました。
山手通りの拡張によりお寺の敷地が少し削られたとか。
改めて地図をみて長者橋が見つかりました。
添え書きにこの辺りに中野長者鈴木九郎が住んでいたとありましたね。