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■【きょうの人】 0525 ■ 始皇帝 ハレー彗星発見 ■ ブルクハルト,カール・ヤーコプ・クリストフ 生誕

2020-05-26 07:52:52 | 【話材】 きょうの人

■【きょうの人】 0525 ■ 始皇帝 ハレー彗星発見 ■ ブルクハルト,カール・ヤーコプ・クリストフ 生誕

 本日、ゆかりの人をご紹介します。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取っていただけると幸いです。

 

 ブルクハルト,カール・ヤーコプ・クリストフ 生誕

 Carl Jacob Christoph Burckhardt
 1818年5月25日-1897年8月8日

 スイスの歴史家、文化史家、文明史家。

 はじめに神学を学びますが、後に歴史学に転じ、1840年からベルリンに滞在し、ランケ、ドロイゼン、ヤーコプ・グリムなどの大家に学びました。

 1843年末にバーゼルで大学教授資格試験に通り、講師として歴史・美術史の講義を行います。そのかたわら「バーゼル新聞」の政治欄の記事を担当しています。

 1846年に教職をなげうって「人間となるため」ローマへ行き、その間クーゲラーが編集する『芸術史綱要』と『絵画史綱要』の仕事を委嘱されて一年ほどベルリンに滞在しています。

 1869年から1879年までバーゼル大学で古典文献学を担当していた哲学者・ニーチェとは親交が深かったようです。

 ニーチェの注意を世界史に向けさせたのはブルクハルトであり、ニーチェは他への書簡でも「この隠者のように人と離れて生活している思想家」について尊敬の念をあらわし、さらにはブルクハルトの友情に感謝さえしています。

 後にイギリスの歴史家ジョージ・グーチは「一時代や一国民の心理を解釈しようと志した歴史家にして、彼の泉から深く飲まなかった歴史家があろうか」と述べているほどです。


■ 始皇帝 ハレー彗星発見

 しこうてい
 紀元前259年2月18日- 紀元前210年

 秦の始皇帝は、古代中国の戦国時代の秦の第31代王(在位:紀元前247年- 紀元前221年)です。

 秦王として即位したのち、紀元前221年に中国史上初めて全ての国の統一を成し遂げます。歴史上最初となる新たな称号「皇帝」に即位(在位:紀元前221年-紀元前210年)し「始皇帝」と名乗りました。

 名は、嬴政または趙政で、現代中国語では、秦始皇帝、または秦始皇と呼称されます。

 統一後は、重臣の李斯らとともに主要経済活動や政治改革を実行しました。

 従来の配下の一族等に領地を与えて領主が世襲して統治する封建制でした。彼の改革では、中央政権が任命・派遣する官僚が治める郡県制へと全国的な転換(中央集権・官僚統治制度)を行いました。

 国家単位での貨幣や計量単位の統一、道路整備・交通規則の制定なども行っています。

 万里の長城の建設や、等身大の兵馬俑で知られる秦始皇帝陵の建設など、後世に残ることになった大事業はよく知られています。

 法(法家)による統治を敷き、批判する儒者・方士や書物の弾圧を行った焚書坑儒は有名です。この時に重要は文書が灰に化したのではないでしょうか。

 紀元前210年に旅の途中で49歳で急死するまで君臨しました。

 特記すべきこととして、あまり知られていませんが、『史記』によりますと、秦始皇本紀に、紀元前240年(始皇帝7年)、「ハレー彗星出現」と、確実で最も古い記録があることです。

 

 

◆ バックナンバー

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b57a13cf0fc1c961c4f6eb02c2b84c9f

 

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