心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
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一年前は

2020年03月28日 | ほんのすこし
画像は一年前、2019年3月29日。
まだ雪が残っています。今年は雪が全然といっていいほど降らなくて、雪国という名前はどこにも見えない景色でした。いつも隔年で雪が多かったり少なかったりと続いていたのですが、今年ほど雪がなかったことはこれまで生きてきて初めてです。わたしより多く生きてきた母でさえ「こんなに雪が無いのは人生初めてだ!」と言います。
逆に大雪だったときは何度かあります。大雪はわたしが小さいときほど脳裏に残っています。

車道脇に高く積み上げられた雪。その雪の高さはゆうに自分の背を越えていて、その雪を踏みながら歩いて行ったことも。
母の田舎に冬休み中遊びに行って、もう少しで新学期が始まるので、家に帰らなくてはならなくなったとき、大雪も大雪、すごい雪が積もって、祖父が村人を募って国道までの道を雪を寄せながら作ってくれたこともありました。
昔のことはあまり覚えていないわたしですが、なぜかこのときのことはすぐ頭に浮かびます。わたしと弟のために祖父たちが道に積もった雪を両脇に寄せ続けてくれたこと。あの当時は除雪車も村の中までは入ってこなかったのかもしれません。
祖父のありがたさを感じた思い出です。

こんなに雪が降らなかった今年ですが、逆に来年はドカンと雪が降らないとも限りません。それとも年々雪は降らないようになっていくのかしら。
ここで降らないで、いつも降らない地域に降るようになるのかしら。

なんだか地球がおかしなことになっていく? 
「雪も適度に降らないと農家の人は大変だよ」と母が心配そうに言います。母の生家は農家です。小さい頃から農家の生活を見てきました。だから今年みたいな雪の無い冬は、降らないことで今後の作物の育ち具合がどうなるのかと考えてしまうのです。

水不足で困るだろうなあ・・・それとも逆に大雨になってしまうのかなあ・・・ふたりでこれから夏に向かう日々がどうなるのか想像しています。できれば良い未来が待ち受けていることを願って。



当たり前の一日であってほしい

2020年03月28日 | ほんのすこし
ここずっと鼻水と咳が出る。しかも午前中に症状が強い。
花粉症だよね?
そう言いながら食卓につくと
「早めに診てもらって薬を飲んだ方がいいよ。ひどくなる前に」母に言われる。
その度にわたしは「う〜ん…」と生返事。
「このくらいで病院に行って、かえって風邪が移ったりしたらイヤだしなあ」言いながら頭のなかにはコロナウイルスという言葉がよぎっている。

マスクはしていくけど、母の付き添いでもこれまでとは明らかに違う自分の中の不安。見えないものへの漠然とした怖さを感じる。
これから一体どうなっていくのか。

今年、新しい年への期待に満ちていた1月、当たり前に明日が来ると思っていた。平凡で穏やかな時間があると思っていた。
今は平凡で穏やかな時間だけど、不安感で覆われるようになった。早くこの不透明な覆いが払拭されますように。
当たり前の一日があること、それがしあわせなのだと今は思える。

もうすぐ、あと二時間少しで朝ドラの最終回が始まる。いつもと変わらない一日がいかに大事かを感じさせてくれた武志の姿をこの目に刻もう。