
ウイスキーは世界5大ウイスキー
の一つに数えられる程に日本の
ウイスキーは「ジャパニーズ」
という枠が世界的に認知された。
一方車作りでは、とりわけ二輪
において、欧米車はメーカーご
との色を持っている。
英国トライアンフは車型を言わ
ずともトライアンフ独特の伝統
的スタイルが今も続いている。
ドイツのBMWにしてもボクサー
エンジンを基軸とした自社の
軸線がある。米国ハーレーも
然りだ。
さて、私たち日本の二輪メー
カーにはそうしたスタンスが
存在するのだろうか。
答えは否だ。
世界的に「これは日本車だ」と
いえる「ジャパニーズ」という
スタイルを残念ながら我々は
持っていない。
どんなに世界一の性能を持つ
二輪を日本メーカーが作ろう
とも、やはり自動車後進国で
あった日本は欧米とは歴史性
が異なるので、超えられない
壁がある。
次から次に新開発で高性能車
を日本メーカーは作って来た
が、「伝統」というものは
存在しない。
唯一ホンダのスーパーカブが
継承スタンスを保っているが
いわゆる「ジャパニーズスタ
イル」ではない。
ホンダの二輪作りの先進性は
世界的な二輪発達史の中で焦
眉といえた。1965年に世界初
のDOHCエンジン量産市販車
搭載をホンダは実行した。
日本は海外の技術の模倣から
始まり、黎明期から揺籃期を
経て独自の世界最先端技術を
保有するようになった。
1960年代以降は、地球上の
二輪の先端技術を牽引した
のは間違いなく日本の二輪
メーカーだった。
だが、残念ながら「日本車と
いえばこれ」という軸線が
不在のまま新しい技術開発
のみに腐心してきたのも日
本メーカーの実態だった。
それは帰結としては「色の
なさ」を形成してしまった。
それはまるで「無味無臭の
音楽」のような側面も強く
有する事になる。
イタリアのドゥカティといえ
ばあれ、英国トライアンフと
いえばあれ、ハーレーはあれ、
というような国のメーカーを
代表するスタンスを持つ車作
りを日本メーカーはしてこな
かったのだ。
伝統無きモノヅクリ。
それはどんなに最先端で技術
的に優れた製品を生産しよう
とも、欧米の安定感からする
とやはり「自動車後進国」な
のだなと認識させる。
それは欧米の模倣から日本の
自動車産業が開始されたとい
う歴史性からいたしかたない
事ではあるのだが、日本が世
界に誇る日本刀の存在のよう
な伝統性の欠落が国産車の車
作りについて回るのは、なん
とも歯がゆい思いがある。
2スト二輪はヤマハを中心に
世界の中で突き抜けた技術力
を日本は持っていた。
世界最高峰の世界選手権の競
技車両の世界では日本車=2st
レーシングマシン、という状況
を日本車(ヤマハ、スズキ、カ
ワサキ)が作り上げたが、その
栄光の40年間は欧米の排ガス
規制により人類史から消され
る流れとなった。
「日本車=2スト俊足二輪」と
いう図式が出来上がっていたの
だが、それは伝統性を確保する
までには至らなかった。
一方4ストエンジンモデルも
日本製二輪は極めて優秀な性
能を持つようになったが、前
述のように「日本車といえば
これ」というスタイルを世界
的に認知されるには至ってい
ない。軸線が無いからだ。
マルチエンジンの集合管と
モノサスあたりがかろうじ
て日本が生み出した独自スタ
イルとして世界的に認容され
ている程度だろうか。
世界最先端で、かつ突き抜けた
品質と性能を持つ日本製二輪
ではあるが、スタンスとスタ
イルに欧米のような不朽性を
持ち得ていないのはとても
残念だ。
ヤマハXSR700は、そのあたり
の国産車の流れに一石を投じ
る、日本刀の存在ような不朽
性の確立と継承性の創出とい
う思想性を以て開発製造され
たのだが、社内政治力学によ
りやがて捨象される方向性の
結果となってしまった。
だが、投じた石は小石程度に
はなったのではなかろうか。
それは「解る人」を多少なり
とも日本に生み出したから。
(トラディショナルという
伝統文化を重んじる欧州では
XSR700の登場は絶賛された)
世界のオートバイを愛する人
たちへ、使い捨て乗り捨ての
モデルではなく継続性も求め
る事に多少なりともXSR700の
登場は貢献したのは事実だか
ら。
他メーカーから似たような傾
向のモデルが後続機主として
連続して登場したのがその証
左といえるだろう。
ただ、「ジャパニーズスタイ
ル」という日本車の基軸を
創出するまでには現在も至っ
ていない。
過去の歴史は覆らないが、こ
れから未来に向けての歴史は
新たに創る事ができる。人の
在り方次第で。
日本製二輪の新たなスタイル
を確立して行くことはできる
のだ。
それは、日本のウイスキーが
ジャパニーズというカテゴリ
ーを世界の中に確立したよう
に。