先回「こんな母ちゃんいいな」を書いたらぜひ「お父さん」も書いてほしいという声をいただいたので、今回はお父さんの話をしましょう。
5年生の康司は、ちょっとしたトラブルでパニックになると、器物を破損し、教室をとび出すことを繰り返していました。そして大人をためしました。
お父さんは、日頃は子どもとのかかわりがきわめて薄いのに、子育ての責任を母親に押しつけ、責め、きつく子どもにあたるだけでした。オロオロするばかりのお母さんの髪の毛は、あっという間に白くなっていったのです。
「お母さんもしんどいなぁ、だけど、大人不信になり、自分がどんどん嫌になってイラだちと不安の中に追い込まれている康司本人が一番苦しんでいることを忘れずにいましょう」とお母さんに話しました。そして「信じて待ちましょう」と。
お母さんの話の聴き役に徹しようとやってきましたが、やはり鍵を握っているのは父親だとずっと思っていました。
■キャッチボールから
何度もお父さんにお会いしたいと申し入れたのですが、なかなかうまくいかないまま1年近くがたってしまったのです。
そんなある日、お母さんが「先生、主人がね、先生は他人やのに、なんであんなに康司のこと気にかけてくれるんや」と珍しく言っているというのです。
これはチャンス到来と長い手紙を書いたのです。康司の苦しみ、お母さんのご苦労、今こそ父ちゃんの出番や、力貸してください、と。
そうしたら「主人が何をしたらいいんですか」と尋ねているというではありませんか。
何もかも自信をなくしていた康司です。好きだった野球までも投げ出してはいたものの、やっぱり捨て切れずにいるのです。どうぞ一緒にキャッチボールの相手からでもしてやってほしい、説教したり叱ったりせず、一緒に楽しんでやってほしい、とお願いをしたのです。
■息子のことで遅れる、と会社に電話
めったに書いてこない日記にお父さんの登場する話が出てくるようになった頃、康司の表情が穏やかになってきました。
それでも時々登校をしぶります。迎えに行くと、まだお父さんが出勤せず康司と話をしてくれていました。逃げるように目をそらしていたお父さんが、きょうは、私と目を合わすので思わず
「きょう仕事はいいんですか」と尋ねました。
「さっき会社に電話して、息子のことで遅れるって言いました」と。
「お父ちゃん、会社にも息子の話をしはったんやね。お父さんが変わってきはったから康司ちゃんこの頃ずいぶん変わってきたんですよ」
お父さんの笑顔を初めて見ました。眉間の縦じわが少なくなってきたお母さんが
「先生、主人がね、結婚して初めて『ゆっくり買物でもして来い』って言ってくれたんですよ」と恥ずかしそうに話してくれました。
(とさ・いくこ 大阪市立加賀屋小学校教諭)