湖東平野に残る六角家臣の城
目加田城跡
所在地:愛知郡愛荘町(旧泰荘町)目加田 map:http://yahoo.jp/KxWb0b
区 分:平城
現 状:目加田城跡公園
築 城:織豊期・・天正4年(1576年)
築城者:目加田摂津之守貞政
初城主:目加田摂津之守貞政
遺 構:本丸・土塁・堀・門・堀(集落内)
城 域:100m×100m
目標地:目加田城跡公園・目加田公民館
訪城日:2010.9.20
目加田城は六角氏配下の目加田氏の居城です。観音寺城の支城のひとつです。ただし城といっても、じっさいは土塁と堀を巡らせた単郭の居館でした。現在、城址は公園として整備されており、分厚い土塁を見ることができます。また、本丸跡にあたる公民館前に石碑が立っています。
愛荘町(旧秦荘町)目加田地区の公民館横に、2004年愛荘町が公園整備した方形単郭の館跡があります。
整備前は木々が鬱そうとしていて分かりませんでしたが、木々が伐採されて土塁の大きさが見られるようになりました。
そのかわり整備前に存在していた堀跡が消失してしまい整備方法では賛否両論があるようです。
この目加田地区にあります城館は、
観音寺城の北尾根の先端にある目賀田山(安土山)に築いていた代々の目賀田氏の城を信長が安土山に安土城を築くにあたって、
42代目賀田摂津守貞政が明け渡し、光明寺野に新しく築いた。この時城のまわりに現集落の北側にあった集落が移転したと伝えられる。
『近江源氏』の著者である田中政三氏は、安土城は目賀田城の跡があると断言(安土城の北の砲台遺構があり?)。
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