「世界は分けてもわからない」(福岡伸一)読了。
※画像をクリックすると「楽天」のページに飛びます
読みやすいエッセイ。
内容はあちこちに飛び回るのだが、後である程度収拾する。
本文の結論もタイトルも「分けてもわからない」なのだが、
最後のページを読むと
「にも関わらず、分けるしかない」が
筆者の現時点での到達点ではないか、と思う。
「分ける」「わかる」といった言葉が出てくると、
昔、枝雀がマクラで
「分かるとは(これとこれとが違う、と)分けられること」と
よく話していたことを思い出す。
このあたりを自分なりに少し整理すると、
分けてわかることを並べ、その間をさらに分けて…と
無限に間を埋めていくことでしか
正解には近付けないということなのでは、と感じた。
その中で並びの誤りに気付き、並べ変えていく。
そこで手を抜くと、本来並んでいないものが並んだ
誤った状態になる。
このエッセイの中で、ある「捏造」事件が詳細に紹介されている。
このような事件が頻発する原因はいくつかあるだろうが、
一つには上記営みが無限で、時間的・精神的に負担がかかるものであり、
間隙を幻のパーツでつなげたくなるからではないか、と思った。
※画像をクリックすると「楽天」のページに飛びます
読みやすいエッセイ。
内容はあちこちに飛び回るのだが、後である程度収拾する。
本文の結論もタイトルも「分けてもわからない」なのだが、
最後のページを読むと
「にも関わらず、分けるしかない」が
筆者の現時点での到達点ではないか、と思う。
「分ける」「わかる」といった言葉が出てくると、
昔、枝雀がマクラで
「分かるとは(これとこれとが違う、と)分けられること」と
よく話していたことを思い出す。
このあたりを自分なりに少し整理すると、
分けてわかることを並べ、その間をさらに分けて…と
無限に間を埋めていくことでしか
正解には近付けないということなのでは、と感じた。
その中で並びの誤りに気付き、並べ変えていく。
そこで手を抜くと、本来並んでいないものが並んだ
誤った状態になる。
このエッセイの中で、ある「捏造」事件が詳細に紹介されている。
このような事件が頻発する原因はいくつかあるだろうが、
一つには上記営みが無限で、時間的・精神的に負担がかかるものであり、
間隙を幻のパーツでつなげたくなるからではないか、と思った。