やあ、いらっしゃい。
今日から9月、学生さん達の多くは新学期が始まった事だろう。
天気もそろそろ落ち着いて来るかな?
怪談を話す夜に雷雨は良く似合うが、誰しも動き回る間は晴れていた方が好いだろうからね。
さて、今年の百物語もそろそろ終幕だ。
今日と明日は夏中溜った陰の気を晴らす積りで、「お化けなんか無いさ」的話を語ろうと思う。
足繁く通ってくれた御礼に、ささやかな厄払いをさせて貰うよ。
これは宋の時代に洪邁(こうまい)が書いた、『夷堅志(いけんし)』に載っている1篇だ。
後に尚書省(しょうしょしょう)に勤める役人にまで出世した、呂安老(りょあんろう)と言う者が語った話との事。
彼は若い時分、蔡(さい)州の或る学堂に入っていた。
或る日の夕方、同じ寄宿舎に居る学生7、8人とこっそり抜け出し、散々遊び廻った末、夜中に漸く戻った。
すると運悪く俄かに驟雨がざっと降り出し、雨具を持って出なかった彼等は頗る後悔した。
当時の学堂の制度は甚だ厳重で、無断外泊など決して許されない。
このまま濡れ浸しで帰っては、夜遊びがバレるのは必至だ。
考えあぐねた末、彼等は引っ返して酒屋へ行き、単衣の衾(よぎ)を借りた。
その衾の四隅を竹で支えて傘代わりにし、全員その下へ入って駆け戻る策を取ったのだが、重ねて運の悪い事に、学堂の塀に近付いた辺りで、夜廻りの者に出くわした。
松明を片手に火の用心を叫んで近付いて来る夜廻りの者達。
見付かったら万事休す…慄いた彼等は、その場に立ち竦んでしまった。
だが双方の距離僅か二十余歩の地点迄近付いた所で、どうした訳か夜廻りの者は急に反転し、そのまま振り返る事無く走り去ってしまった。
不思議に思いはしたものの、その隙に彼等は塀を乗り越え、無事宿舎に戻る事が出来た。
しかし全員、内心はビクビクしていた。
恐らく夜廻りの者達から無断外泊の件が伝わり、明日にでも譴責を受けるか、退学を命ぜられるだろうと、その夜は碌々眠れやしなかった。
その明くる日の事だ。
昨夜見廻りをしていた兵が、府庁に出て申し立てた。
「昨夜の二更(午後9時~10時)、大雨の最中に云々の処を廻って居りました所、突如1つの怪物が北の方角から出現しました。
上は四角く『むしろ』の様に平らで、糢糊として判りません。
その下にはおよそ20~30もの足の様な物が生えてまして、まるで人の如くぞろぞろと歩いて参り、学校の塀の辺り迄来た所で忽然と消え失せました」
その報告に郡守以下の役人らは大層驚き、それが如何なる怪物であるか、互いに想像し合って騒いだ。
騒ぎは留まらず、それからそれへと拡まり、何か巨大な怪物が此処らに出現するという風説が立った。
町々では厄払いの道場を設けて、三昼夜の祈祷を行い、その怪物の絵姿を描いて神社の前で磔刑にした。
世の怪談にはこの類が少なくない。
――化物の正体見たり枯尾花。
聞いていて中々愉快な話だったろう。
明治~大正の初めに活躍した哲学者「井上円了」は、独自の妖怪研究から下記の様な分類を行ってみせた。
・実怪…真怪(超理的妖怪。宇宙の森羅万象は人知を超えており、現在の科学では解明不可能だが、今後科学が発達すれば解明が可能と思えるもの)
…仮怪(自然的妖怪。狐火・鬼火等の物理的妖怪と、幽霊等の心理的妖怪に分ける)
・虚怪…偽怪(人為的妖怪。人がわざと作り出した妖怪)
・誤怪………(偶然的妖怪。人が誤って妖怪としたもの)
「近代化を目指すなら内面から」をモットーに、世の迷信打破・妖怪解明に尽力した円了を、当時の人々は「妖怪博士」と呼んだ。
怪奇現象が本当のものであるか実地で調査をし続け、「コックリさん」を日本で初めて科学的に解明した人物である。
だが彼は頑なにオカルトを否定していた訳ではない。
簡単にオカルトに惑わされる人間を危惧していたのだろう。
でなければ、わざわざお化け屋敷に住んだり、夜中墓場で過したりなんてしない筈だ。
円了こそ科学者の鑑であると、私は思っている。
余談だが東洋大学(哲学館)の創始者でもある。
謎を楽しむ心の隅で、一分の疑いを忘れずに持ちたいもの。
といった所で、今夜の話はお終いだ。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。
……有難う。
それじゃあ気を付けて帰ってくれたまえ。
今回の様な話をし終えた後では、何となく注意し辛いのだが……いいかい?
夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。
では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。
参考、『中国怪奇小説集(岡本綺堂、編著 光文社、刊 夷堅志―雨夜の怪―の章)』。
ウィキペディア&『ワールドミステリーツアー13(4)―東京編―第3章 千葉幹夫、著 同朋舎、刊』等々。
こちらのサイト様の記事(→http://www.nazoo.org/people/enryo.htm)(オーパーツの記事等、かなり爆笑ものなんで、この機会に是非お読み頂きたい。)
今日から9月、学生さん達の多くは新学期が始まった事だろう。
天気もそろそろ落ち着いて来るかな?
怪談を話す夜に雷雨は良く似合うが、誰しも動き回る間は晴れていた方が好いだろうからね。
さて、今年の百物語もそろそろ終幕だ。
今日と明日は夏中溜った陰の気を晴らす積りで、「お化けなんか無いさ」的話を語ろうと思う。
足繁く通ってくれた御礼に、ささやかな厄払いをさせて貰うよ。
これは宋の時代に洪邁(こうまい)が書いた、『夷堅志(いけんし)』に載っている1篇だ。
後に尚書省(しょうしょしょう)に勤める役人にまで出世した、呂安老(りょあんろう)と言う者が語った話との事。
彼は若い時分、蔡(さい)州の或る学堂に入っていた。
或る日の夕方、同じ寄宿舎に居る学生7、8人とこっそり抜け出し、散々遊び廻った末、夜中に漸く戻った。
すると運悪く俄かに驟雨がざっと降り出し、雨具を持って出なかった彼等は頗る後悔した。
当時の学堂の制度は甚だ厳重で、無断外泊など決して許されない。
このまま濡れ浸しで帰っては、夜遊びがバレるのは必至だ。
考えあぐねた末、彼等は引っ返して酒屋へ行き、単衣の衾(よぎ)を借りた。
その衾の四隅を竹で支えて傘代わりにし、全員その下へ入って駆け戻る策を取ったのだが、重ねて運の悪い事に、学堂の塀に近付いた辺りで、夜廻りの者に出くわした。
松明を片手に火の用心を叫んで近付いて来る夜廻りの者達。
見付かったら万事休す…慄いた彼等は、その場に立ち竦んでしまった。
だが双方の距離僅か二十余歩の地点迄近付いた所で、どうした訳か夜廻りの者は急に反転し、そのまま振り返る事無く走り去ってしまった。
不思議に思いはしたものの、その隙に彼等は塀を乗り越え、無事宿舎に戻る事が出来た。
しかし全員、内心はビクビクしていた。
恐らく夜廻りの者達から無断外泊の件が伝わり、明日にでも譴責を受けるか、退学を命ぜられるだろうと、その夜は碌々眠れやしなかった。
その明くる日の事だ。
昨夜見廻りをしていた兵が、府庁に出て申し立てた。
「昨夜の二更(午後9時~10時)、大雨の最中に云々の処を廻って居りました所、突如1つの怪物が北の方角から出現しました。
上は四角く『むしろ』の様に平らで、糢糊として判りません。
その下にはおよそ20~30もの足の様な物が生えてまして、まるで人の如くぞろぞろと歩いて参り、学校の塀の辺り迄来た所で忽然と消え失せました」
その報告に郡守以下の役人らは大層驚き、それが如何なる怪物であるか、互いに想像し合って騒いだ。
騒ぎは留まらず、それからそれへと拡まり、何か巨大な怪物が此処らに出現するという風説が立った。
町々では厄払いの道場を設けて、三昼夜の祈祷を行い、その怪物の絵姿を描いて神社の前で磔刑にした。
世の怪談にはこの類が少なくない。
――化物の正体見たり枯尾花。
聞いていて中々愉快な話だったろう。
明治~大正の初めに活躍した哲学者「井上円了」は、独自の妖怪研究から下記の様な分類を行ってみせた。
・実怪…真怪(超理的妖怪。宇宙の森羅万象は人知を超えており、現在の科学では解明不可能だが、今後科学が発達すれば解明が可能と思えるもの)
…仮怪(自然的妖怪。狐火・鬼火等の物理的妖怪と、幽霊等の心理的妖怪に分ける)
・虚怪…偽怪(人為的妖怪。人がわざと作り出した妖怪)
・誤怪………(偶然的妖怪。人が誤って妖怪としたもの)
「近代化を目指すなら内面から」をモットーに、世の迷信打破・妖怪解明に尽力した円了を、当時の人々は「妖怪博士」と呼んだ。
怪奇現象が本当のものであるか実地で調査をし続け、「コックリさん」を日本で初めて科学的に解明した人物である。
だが彼は頑なにオカルトを否定していた訳ではない。
簡単にオカルトに惑わされる人間を危惧していたのだろう。
でなければ、わざわざお化け屋敷に住んだり、夜中墓場で過したりなんてしない筈だ。
円了こそ科学者の鑑であると、私は思っている。
余談だが東洋大学(哲学館)の創始者でもある。
謎を楽しむ心の隅で、一分の疑いを忘れずに持ちたいもの。
といった所で、今夜の話はお終いだ。
さあ、蝋燭を1本、吹消して貰おうか。
……有難う。
それじゃあ気を付けて帰ってくれたまえ。
今回の様な話をし終えた後では、何となく注意し辛いのだが……いいかい?
夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
そして、風呂に入ってる時には、足下を見ないように…。
では御機嫌よう。
次の夜も、楽しみに待っているよ…。
参考、『中国怪奇小説集(岡本綺堂、編著 光文社、刊 夷堅志―雨夜の怪―の章)』。
ウィキペディア&『ワールドミステリーツアー13(4)―東京編―第3章 千葉幹夫、著 同朋舎、刊』等々。
こちらのサイト様の記事(→http://www.nazoo.org/people/enryo.htm)(オーパーツの記事等、かなり爆笑ものなんで、この機会に是非お読み頂きたい。)