総量規定方式か原単位方式か?
政府が進めている「地球温暖化対策基本法」は、2020年までに1990年比25%減とする温室効果ガス削減の中期目標を明記している。
この中で話題になったのは「総量規定方式」か「原単位方式」かという言葉。企業などの二酸化炭素(CO2)排出量に上限を設け、その過不足分を取引できる排出量取引制度をめぐっては、環境省や外務省が、国が企業ごとの排出量を決める「総量方式」を主張していた。
これに対し、一部産業界や労働組合の意向に沿って経済産業省は、生産量当たりの排出量に上限を設ける「原単位方式」を求めた。排出効率を上げて上限を守ったとしても、生産量が増えれば、総排出量も増える懸念があるからだ。
今後「総量規制方式」を基本としつつ、生産量当たりの排出量に上限を設ける「原単位方式」も検討する方向で法律は定められていく。
キャップ&トレード制度
ところで4月1日東京都ではじまった「キャップ・アンド・トレード」制度では、「総量規制方式」を採用した。都内の大規模事業所を対象に2002~2007年度の任意の連続3年間の平均排出量を「基準排出量」とし、そこから削減義務率を割り引いた排出量上限(キャップ)までの削減が求められる。削減義務率は10年度開始の第1計画期間(5年間)では、事業所の分類により6%か8%。
削減状況は都登録の28の民間機関が検証する。達成できなかった事業所は、義務分より多く削減した他の事業所などとの間で削減量の枠を売買(トレード)しなければならない。都は「20年までに東京の温室効果ガス排出量を2000年比25%削減する」との目標を掲げている。
政府の「地球温暖化対策基本法」に先立つ、テストケースとして行われる。さすがは首都東京である。ところで、この東京都の取り組み、オフィスビルなどを対象に加えて総量規制するのは海外にも先例がなく、多くのテナントを抱える商業ビルや研究用に大量の電力を使う大学などからは、義務達成を危ぶむ声も漏れているという。
東京都ではどんな事業所のCO2排出量が多いのだろうか?何と1位は東京大学・本郷キャンパスで8.7万トン。次が日本空港ビルで7.7万トン。以下東京ミッドタウン(6.5万トン)、サンシャインシティ(6.4万トン)、六本木ヒルズ森タワー(5.7万トン)など東京ドーム(4.87万トン)も8位に入っている。NHK(4.5万トン)は9位である。
地球温暖化対策計画書制度
都は新制度に先立ち、2002年に「地球温暖化対策計画書制度」を導入した。これは、大規模事業所に排出削減計画の策定と取り組み状況の報告を義務付けるものだったが、事業者の自主性に委ねられていたため、十分には効果が上がらなかった。
排出削減の義務化にかじを切るにあたっては、経済界の説得作業が続いた。2007年7月~2008年1月にかけ、業界団体や消費者団体、環境NGOを集めた会合を計3回開催。日本経団連などは「キャップ・アンド・トレードの導入はエネルギー効率が良い企業の成長を抑制する」と反対姿勢を示した。都側は、業種や事業所の特性に配慮していると反論し、繰り返し理解を求めた。
転機は2008年5月。東京商工会議所が賛成の立場に転じ、石原慎太郎知事に「個々の企業のCO2削減に向けて積極的に取り組む所存」と前向きな意見書を提出した。翌月、都議会は新制度を含む環境確保条例改正を全会一致で可決した。
石原知事は「温暖化防止は人類の存亡にかかわる課題。直ちに実効性のある取り組みを進めなければ間に合わない」と、国の取り組み強化も求めている。
東京都と国のダブルスタンダード?
排出量取引をめぐって、政府は自公政権だった2008年10月から自主参加型の制度で試行している。具体的には、東京都と同じように総量に上限を設ける「総量方式」や、鉄1トンなど一定量の製品の生産で排出されるCO2を指標とする「原単位方式」など選択式になっている。
しかし、2008年度に目標を掲げて参加したのは75企業・団体で、実際の取引は1件、CO2にして1トンだった。環境省の専門委員会は今年2月、「この試行では将来の貢献は限定的にならざるを得ない」と酷評した。
温室効果ガス排出量の「2020年までに1990年比25%減」を掲げる現政府は3月、法整備をすることを盛り込んだ地球温暖化対策基本法案を閣議決定した。排出量取引は目標達成に有効とされるが、方式をめぐって閣内が対立。法案は総量を基本としつつ、原単位も盛り込んだ「玉虫色」に落ち着いた。
一方で、東京都に続き、埼玉県は来年4月から、都の制度に準じた制度を始めるなど、自治体の取り組みは加速している。
東京商工会議所は「経済産業省や環境省から温暖化対策に関連する計画がバラバラに出ている。事業者はどの制度に基づいて計画を立てればいいのか分からない状態で、都と国の目標期間や目標設定方法が異なると、現場はさらに混乱する」と訴える。
大学「研究に影響も」・ビル「省エネで当面様子見」
JR東京駅前にそびえる新丸の内ビルディング(地下4階、地上38階)。約150店舗が入るこのインテリジェントビルは、使用電力を青森県六ケ所村で作られた風力などの再生可能エネルギーで賄い始めた。年間のCO2排出量は、化石燃料を使う場合に比べ3分の2(約2万トン)も削減できる。所有する三菱地所は「環境負荷低減はテナントにとっても経費削減になる」と話す。
ただし、同社は都内に約30棟の規制対象ビルを所有するが、他のビルは当面、省エネなどで対応する。テナントに終日取引する金融機関などが入ると、コンピューターシステムなどの稼働で消費電力は増え、天候次第で空調の稼働状況も変わる。「減らしたくても減らせないのが実態」と担当者は言う。最終的には排出量取引に頼る可能性もある。
事業系で最もCO2排出量の多い本郷キャンパス(文京区)を抱える東京大は、2008年度までに全キャンパスの蛍光灯20万本を消費電力を約半分に抑えられるインバーター制御に換えるなどの対策を実施した。磯部雅彦副学長は「今後5年間で平均8%の削減は厳しい。大学は研究、教育活動の拡大という社会的使命を担っており、目標達成のために研究などを控えるのは本末転倒だ」と頭を抱える。(毎日新聞 2010年4月1日)
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