非放射性元素とは?
第22回ノーベル化学賞は、英国の物理学者、フランシス・ウィリアム・アストンに贈られた。受賞理由は「非放射性元素における同位体の発見と質量分析器の開発」である。 この意味は何だろうか?
まず、非放射性元素とは、ウラン、ラドンなどのように放射線を出す元素を放射性元素という。これらの元素は絶えず放射線を出している。具体的には、テクネチウム、プロメチウム、およびビスマス(原子番号83)以上の原子番号を持つ全ての元素である。
これに対して通常は放射線を出さない酸素、水素、炭素などの一般的な元素を非放射性元素と呼ぶ。アストンはこれらの身近な元素に、質量がわずかに違う「同位体」が存在することを発見したのである。
一般的に同位体というと放射線を出すイメージがあるが、放射線を出さない安定同位体もある。例えば空気中にある、窒素は¹⁴Nは、99.635%を占め、¹⁴Nより中性子が1つ多く、重い¹⁵Nは、0.365%存在する。窒素と一口に言うが、空気中には、軽い窒素とわずかながら重い窒素が存在している。
自然界では水素、酸素、炭素など他の元素にも安定同位体が、一定の割合で存在していることが、現在では知られている。わずか0.365%、このわずかな「非放射性元素における同位体」をどうやって発見したのだろうか?
2002年ノーベル化学賞とは?
自然界にわずかに存在する同位体。これはアストンの「質量分析器」を使って発見された。ところで、「質量分析器」でノーベル賞を取った日本人がいる。それは誰だろう?
正解は、2002年ノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏だ。受賞理由は「生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発」である。生体高分子とはタンパク質のことで、田中氏はタンパク質を質量分析にかける方法を発見してノーベル賞を受賞した。
質量分析器でタンパク質を調べる場合、タンパク質を気化させ、かつイオン化させる必要があった。しかし、タンパク質は気化しにくい物質であるため、イオン化の際は高エネルギーが必要である。しかし、高エネルギーをかけるとタンパク質は気化ではなく分解してしまうため、特に高分子量のタンパク質をイオン化することは困難であった。
田中氏を含む5人の研究チームが、1985年2月に、それまで不可能とされていた、「タンパク質を壊さないでイオン化すること」に世界で初めて成功した。これは、現在のタンパク質・質量分析器の基礎になる研究であったことが評価されて、2002年ノーベル化学賞を受賞した。
質量分析器の原理
では、「質量分析器」とは何だろう?
質量分析器はどれも物質をイオン化して、移動させるときに、質量が大きいと移動速度や移動距離が短くなる原理を使っている。クロマトグラフィーや電気泳動などに使われている原理である。
1912年、この質量分析器を世界で最初に発明したのが、第6回ノーベル物理学賞を受賞したジョセフ・ジョン・トムソンである。この分析器は、陽極線を使ったものであった。1909年、フランシス・アストンはトムソンの助手になる。
1919年、トムソンの装置に改良を加え、イオンの質量を正確に(1000分の1の精度で)測定できるようにし、多くの非放射性元素における同位体の発見につながった。
陽極線とは何か?
陽極線は1886年Goldsteinによって発見された。放電管の陰極に細孔<カナル>を開けたのでカナル線とも呼ばれる。陰極から出た電子、いわゆる陰極線が陽極にあたり、原子核をイオン化した際に放出される粒子を陽極線という。
1912年、J.J.Thomson (原子のトムソンモデル考案者1856-1940)は、これを応用し、質量分析器を考案した。質量分析器の電極間で電圧をかけると、電子が負極から陽極に進むが、この電子と衝突した原子はイオン化し陽電荷を持つ陽イオンになる。
このため陽イオンは負極に向かい,陰極間の隙間を通過している間、電極によって作られた電場EからeEの力を受けて放物運動、磁石によって作られた磁場Bからローレンツ力を受けて円軌道を描いた後直進し乾板Fに達する。
トムソンの質量分析器
陰極側の電極に陽イオンの通過できる穴を設けた陰極線管で、陰極付近が光る現象(カナル線)の実験で、カナル線が元素の陽イオンであることを確認した。カナル線に磁界を与えるとローレンツ力により偏向する度合いはイオンすなわち原子の質量によってかわるので、さらに写真乾板を組み合わせることによって、原子量の測定精度をそれまでの方法に比べて飛躍的に向上させることができた。
アストンの質量分析器
アストンの質量分析器では、電場で曲げられた陽イオンを再度、磁場で曲げる。速度は一定していないので、速いものは小さく、遅いものは大きく曲がる。磁場においても同様に、速いものほど曲がり方は小さいが、曲がる方向は電場と逆になっているので、感光面FG上では速度による位置の差はなくなる。この分析装器を使って多くの安定同位体が発見された。
参考HP Wikipedia「田中耕一」「J・J・トムソン」「フランシス・アストン」 ・原子力百科事典ATOMICA「トムソンとアストンによるネオン同位体の発見と質量分析器の開発」
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