読んだ後もう一度読み返したくなる。あそこにもそこにも、作者の仕掛けが覗いていたというのに。
ヤラレタ。
傑作ミステリ、心理サスペンスだそうで買って来た。心理サスペンスというのは重いものが多いなぁと読み始めて気が付いた。殺人事件が起きるが早い段階で犯人は判る。ただそこからが、、、。
途中で挿入されるインタビューの証言を別にすれば登場人物は少ない。
柏木奈津子
子供を育てているが、夫の貴雄はあまり協力的ではない。学生時代に知り合い妊娠が先で結婚をし、常にそりが合わなかった母には当然反対された。今では夫にも何かと鬱屈した思いがある、あのとき妊娠さえしなければ。
幼い頃はピアノが弾けて話題になったことがある、今は美容師の資格はあるが、ボランティアの仲間とカットイベントに参加している程度。若い女ばかりの仲間には馴染めないでいる。
常に紗英が気になっている。彼女を見守り庇護し今まで来た。
庵原紗英
夫の大志は不倫中らしい。周りには子供は要らないと言っているが紗英は妊娠を強く望んで夫からは疎まれている。
妹の鞠絵が働く産婦人科で助産婦の手伝いをしている、資格のある鞠絵の下働きは心身ともに疲れる。奈津子が常に護ってくれる。夜勤明けには食事を作り、車も出してくれる。
結婚しても奈津子の家の近くに住んでいる。
坂井鞠絵
紗英の妹、助産婦で下働きの紗英の仕事ぶりが気に入らずつい言葉が荒くなる。子供を預けて働いている。
なっちゃん(奈津子)に対してはあまり親しみを感じていない。紗英との諍いでも奈津子が常に紗英の肩を持ってきた。
奈津子は紗英の夫大志を殺し、山中に埋めた。
動機は、庭からいつものように部屋を覗いて、紗英が麦茶を作り冷蔵庫に入れるのを見た。蕎麦のゆで汁に麦茶のパックを入れたらしい。大志は蕎麦アレルギーだった。紗英が出かけ、大志のいる家に入りお茶を出す。
大志はもがいてソファーに倒れて死んだ。
紗英を拒んで、不倫までしている大志は奈津子も憎い、紗英に罪を犯させるわけにはいかない。
大志がいなくなり二人で失踪届を出した。だが雨の後死体が見つかり、会話の中から紗英は知ってしまった。奈津子が大志を殺したのを。
紗英は大志を憎んではいなかったのに。
結婚、妊娠、職場の人間関係の重さと母親になることの重さが、特に珍しくもない図式で進んでいく。最悪のシーンに結びつかなければ良くあることで、そんな中で誰しも何かの理由をつけて自分を解放するために距離を置いたり、憎みあったりして暮らしている。
しかし作者は、殺人まで犯した奈津子について、子供時代から今までを語り、三人の関係、特に濃すぎる紗英との関係をこれでもかと書いている。紗英を守るため。奈津子は大志を殺した。
物語のキモはそこではなかった。
殺人犯奈津子は捕まり世間を騒がせる。だが、作者の仕掛けた大きな罠は口を開けて待っていた。
一筋縄ではいかないびっくりサスペンス。