こういうことになるのは、ちょっと気の利いたスーパーの隣に薬屋と本屋があるからだ。
暑くなると汗にかぶれるし、窓ふきをして脇腹をぶつけたし(?)塗ったり貼ったりの薬はいいとして、本屋さんが横にあるのが悪い。
並んだ本が誘うように必ず目のふちに入る。駐車場がスーパーと共通だし。最近人陰はまばらだし。
その上、本屋さんはなくてはならないし、国民の、人民の世界の文化を担ってきたのだ。私の生活の一部なのだ。
あ‼ あれ買ったかな。(本のこと)読んでないのはまだ買ってないからだ(と思う)記憶力のせいだとはまだ思わない(ようにしている)
帰ってすぐ読むつもりが積んでおく。
また同じコースを歩いて、同じコースで本を買う。
昔は、読書ノートが作ってあった。買った本も読むまでは未読ノートにメモしてあった(遠い目)
整理魔の母が捨てたのだろうか(´;ω;`)ウッ…
「何も言うことはないけど片づけをしなさい」といつも叱られた。何も言うことがないという所だけを気分よく聴いて、、、、片づけをしなさいという母は亡くなってしまった。
本は乏しいお小遣いで考えたすえに買っていたからだ。
今はなんということ、食費や交際費が本になっている。
明日からは、禊の気持ちで今でも余っているわけではないが、より乏しい交際費で暮らそう。へそくりを増やそう。災難は忘れたころにやってくる、寺田先生も書いている。
外出も減り外食も減り、ガソリン代も減り、ついでに暇を持て余している友人も減るだろう。
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