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「ネルーダ詩集」 田村とし子 翻訳 海外詩文庫 思潮社

2021-05-24 | 読書

 

溢れる言葉の前で俯いてしまった。素晴らしい詩は、スティーブ・エリクソンに教えてもらった。
唐突にスティーブ・エリクソンを読もうかなと思った。図書館でデビュー作「彷徨う日々」を見つけたので、やっぱり、めぐり逢いって変てこでおかしなものよね、呼んだわけでもないのに。と表紙をめくって読む気満々だった。それにしても横尾さんの表紙は慣れないものにはなかなかきつい、裸の男女の絡み具合が写実的で官能的で、その上に大きな怒りだか驚きだかの男の顔がなければ、貸出し窓でちょっと照れていたかもしれない。

話はそこではなくて、本文前の詩を読んで考えてしまった。これはこんな小説だったの。あらためて言葉にすればこれが現代の幻視作家エリクソンの始まりになるの。

それは、パブロ・ネルーダの詩

 旅人は自問した……
 もし一生が終わり、それまでの道程が無となれば
 悲嘆が始まったあの場所へ帰ることになるのだろうか?
 自分に与えられたアイデンティティをまたも散逸させ
 別れを告げ、旅立つことになるのだろうか?

本文を匂わせるような詩に違いないだろうと思いながら、薄々しか知らない南米のネルーダというノーベル賞詩人の詩はこれか、と肝心の本の中身を読む前に目と頭と心にこの詩が入ってしまった。
これは先にパブロ・ネルーダという人の詩から読まねば。また図書館を検索して、詩は詩人の田村さんの解説付きの詩集がいいと借りてきた。


詩集の表紙に代表作というかネルーダの詩が二編、こんな詩があったのかと、読みながら愛されるわけに頷きつつ。

マチュピチュよ おまえは
石の上には石を 土台には襤褸を敷いたのか
石炭のうえに石炭を 底には涙を
燃え立つ黄金 その中で震えているのは
大粒の赤い血の滴か

  (詩集 大いなる歌から マチュピチュ山頂)

歴史の下に沈んでしまったかつては生活があった町。産物も枯れ略奪と侵攻の跡はうずもれ、歴史の石や土や砂の底に眠ってしまった、写真などで見るたびに恐ろしく物悲しい遺跡をこんな言葉にした、埋ずまった風景を想い感じることができる。この詩を読んだ人たちもなにか厳粛な思いに気がつく。
ごく若いときに書かれた詩(「詩集 二十の愛の詩と一つの絶望の歌から」)は、セクシーで美しい、限りなく湧いてくる言葉を授かって生まれた人なのだと、この詩からも感じる。直諭暗喩を自在に使いこなす詩人はここから生まれたようで、女性の体を勢いよく詩にして今も読み継がれているという。

女の肉体(からだ) 白い丘 白い腿
その身をまかせたおまえの姿は 地球にも似て
おれの荒々しい農夫の肉体は おまえを掘りおこし
大地の底から 息子を踊りださせる

(詩集 二十の愛の詩と一つの絶望の歌)

膨大な抒情詩集、政治的な詩集、人々に呼び掛けた詩、ソネット、などの多くの詩集を残した。
ガルシア・マルケスは崇拝したネルーダについて、すごく困難な路地に入り込んでしまいながら,政治詩とか、戦争の詩とか彼が書いたもののなかにはいつも偉大な時があった。と語っている。
チリの政治を変えようとしてクーデターで亡くなったアジェンデにも触れて親友の死の後に亡くなったことを悼んでもいる。

自分の詩情に埋もれがちな詩人は多いがこうして外に目を向け実際に関わった活動的な詩人を知った。
もう少し多くの詩が引用されていたらなどと欲張ってみたが、田村さんの詩人論は心に残る詩人の姿を教えてくれた。勉強になった。

最後に、面白い詩を見つけたので。

たまねぎ
光っている丸い塊
ひとひら ひとひらの花びらで
お前の美しさは形づくられた
ガラスの鱗がお前を大きくしたのだ
そして 黒い土の神秘の中で
おまえの露の腹部は丸みをおびた
土の下での
奇跡であった

(……)

またわたしは忘れないだろう
おまえの存在がいかに
サラダの愛を豊かにするか
まるで 天が
おまえにあられのなめらかな形を与えて
トマトの半球体の上で
みじん切りにされたおまえの明るさをたたえているようだ
また 民衆の手にも届いて
油をそそがれ
わずかに塩をかけられて
険しい道で働く日雇い人夫の空腹を癒す
貧乏人たちの星
妖精の代母

(……)

長い詩なのでちょっとだけ引いてみましたが
この後
たまねぎを賞賛する 天然のクリスタルガラス
と続く

苦く悲しい哀悼の言葉を読んだ後は、こういう詩(たまねぎへのオード・海へのオード)を書いた楽しい詩人の時間を感じながら本を閉じたい。
 
 

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