19日は母の命日であった、17回忌であったが法事ごともなく、晩年一緒に暮らしていた兄と居酒屋で偲ぶのが恒例になっている。


母は栗原で生まれ、江刺ー仙台ー盛岡で暮らしたが、仙台の姉には特にも世話になった。その姉も今は他界し丸4年になる、先日久しぶりで姉の部屋に泊めて貰った。今は姉の娘夫婦だけが住んでいる家である。

ここ越路地区は愛宕山の自然環境に守られ、広瀬川沿いで、仙台駅からも近く、暮らすには一等地である。
住人は私から見れば姪御だが、歳も変わらず幼少の頃は兄妹のようにして育った仲である。姪の趣味は、いつから始めたのか、ステンドグラス工芸である。今やこの道で飯を食える腕前であるようだ。

方や姪の旦那とは高校時代からの同級生で親友である。今回仙台で忘年会をやろうと誘われてお邪魔した経緯だったが、残念ながら姉は夢枕に現れてはくれなかった。

姉の旦那が労基署を辞めて起業した、ボイラーを商材にした会社は、今はこの夫婦の子息が継いで三代目の老舗企業になっている。50年を超える社歴には益々磨きがかかって来ているようだ。
=おわり=