「エンジェル」という“言葉”をご存じでしょうか。
背中に羽根をはやした空想上の「天使」ではありません。ある種の篤志家です。ただし、単なる“足長おじさん”ではありません。日本では知る人ぞ知る存在です。
エンジェルとは、ベンチャー企業を創業したいと考えている起業家(アントレプレナー)に、最初のリスクマネーを投資してくれる個人投資家です。同時に、起業家が創業時に自分がやりたいことを図式化したビジネスモデルなどを練り上げる際に、有効な支援をする支援者を意味します。大事なことは、リスクマネーを提供する単なるパトロンではないことです。投資したリスクマネーを有効活用するように、ベンチャー企業の事業モデルを一緒に親身に考え、必要ならば創業時のCFO(最高財務責任者)やCOO(最高執行責任者)、社外監査役などの役員を紹介したり、事業化する製品・サービスの販売チャネルのキーマンを紹介したりします。簡単にいえば、ベンチャー企業が目指す新規事業を成功するように、ビジネスモデルを再構築する支援を惜しまない支援者です。
抽象的な説明は分かりにくいので、最近お目にかかった日本を代表するエンジェルを基にご説明します。その人物は、NPO(非営利組織)法人IAIジャパン理事長を務めている八幡惠介さんです。見かけ通りの好々爺(こうこうや)の方です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/99/87370c97f8212df92e5ed43c9ef2df1d.jpg)
八幡さんは“日本初のエンジェル”と自他ともに認める方です。半導体関係の技術者と経営者を務めた職務経験を生かし、日本などの半導体関係の研究開発型ベンチャー企業を30社支援しています。これまでに、この30社に対してご自分の資産から約2億円を投資されているとのことです。「お世話になった半導体業界への恩返しとして、エンジェルを続けている」と、動機を説明されます。
大学を卒業後にNEC(日本電気)に入社し、半導体事業の仕事に携われました。当時の九州日本電気(現在のルネサス セミコンダクタ九州・山口の一部)の立ち上げなどを手がけられ、1981年には米国NEC Electronics.Incの社長に就任されています。この間に米国ニューヨーク州にあるシラキューズ大学(Syracuse University)大学院に留学し、勉学に励まれると同時に半導体関係などで多くの人脈を築かれました。留学や仕事などを通して、米国の半導体業界での人脈を豊かにしながら、米国の半導体系ベンチャー企業が成功する仕組みなども学んだそうです。
84年にNECを退社すると、米LSI Rogic Corp(現在のLSI Corp)社の創業者であるW.J.コリガンさんから同社の日本法人の立ち上げを指揮する社長就任を依頼されました。コリガンさんが半導体業界の人脈から最適な人物を探した結果だったそうです。LSI Corpは米国カリフォルニア州のシリコンバレーで起業し成功したベンチャー企業の一つです。八幡氏は、「米国ではベンチャー企業の創業に成功した人物が、次世代のベンチャー企業の経営陣を育成する仕組みを間近で実践的に学んだ」と語ります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/49/84350f279087cb539404a188cc502e66.jpg)
LSI Corp日本法人が軌道に乗ったのを機に「引退しよう」と考えた時に、今度は米国半導体製造装置大手のApplied Materials. Inc.から日本法人の社長就任を頼まれ、引き受けました。この米国企業2社から報酬の一部として株式をストックオプションとして受けとったことが「エンジェルを始めるきっかけになった」そうです。八幡氏はストックオプションを基に「幸運にも今後の生活には十分な資産を手に入れました」と説明されます。この資産の中の約2億円をエンジェルとしての投資資金にされました。ストックオプションから得た資金は、給料を貯めて築いた資産とは異なり、「宝くじが当たった時と同じように、ある意味では無かったものと割り切ることができる」そうです。この結果、「社会貢献として、ベンチャー企業育成の投資資金に回した」そうです。
半導体系の研究開発ベンチャー企業30社に投資された理由は「これまでに半導体業界で築いてきた豊かな人脈が生かせるからだ」だそうです。30社に投資したのは「ベンチャー企業を20社程度まとめて支援ないと、投資のポートフォリオが組めないからだ」と説明されます。現時点では、残念ながら投資先企業からの成功報酬としてのリターンはまだ1社もないとのことです。この事実が、日本の厳しいベンチャー企業の状況を端的に物語っています。
日本ではベンチャー企業がうまく育たないといわれています。特に、先端技術を基に従来にない新規事業を興して、既存企業に取って代わるようなテクノロジー系ベンチャー企業はほとんど育っていません。モノづくり立国を標榜しながら、時代に応じた新規企業が生まれていないのです。モノづくり系の大手企業がリストラクチャリングしながら、新規事業に切り替えています。新規創業したベンチャー企業を通して、新産業を興す社会的な仕組みが未成熟です。
この原因はいくつか考えられていますが、その大きな要因の一つは、ベンチャー企業にリスクマネーを供給するベンチャーキャピタル(VC)の役割不足です。VCの投資規模は、「日本は米国の20分の1程度と少ない」と指摘されています。実態はもっと少ないとの声があります。しかし、それ以前の原因として、VCに先駆けてベンチャー企業の創業を支援する“エンジェル”と呼ばれる個人投資家が大幅に少ないことが要因の一つと分析さています。
エンジェルと呼ばれる個人投資家は、米国では以前に自分でベンチャー企業を創業した先輩たちであるケースが多いのです。このため、エンジェルは起業家がベンチャー企業を立ち上げる構想を練る際に、経営人材や資金の集め方、新規事業のビジネスモデルの構築の仕方などを具体的に助言できます。自分が苦労して得た経験に基づいて助言するため、実践的で有効な支援になります。起業家が最初につまずきそうなことを、有効に指摘できる助言者としての役目を果たします。創業の成功者だけに、若い創業者もその言葉の重みを感じます。つまり、米国では、起業家が考案したビジネスモデルを、エンジェルが実現可能なビジネスモデルにつくり直す過程を経ることで、ベンチャー企業の成功確率を高めているのです。先輩が経験したことを、次世代の起業家に支援を通して伝承する仕組みです。
2000年6月に設立した IAIジャパンはエンジェル組織として起業家支援をうたっています。同NPOのWebサイトには「起業家の皆様へ」という相談窓口サイトを設けています。この窓口を通して創業希望者が面会を求めてくるそうです。八幡さんは「一般論だが、多くの起業家は相談に来るのが遅いケースが多い」と感想を漏らします。日本ではベンチャー企業を創業し、難問に直面してからはじめて、相談に来る起業家が多いからのようです。
同NPOのWebサイトは「起業塾」というサイトも用意しています。起業前に準備することを伝えるセミナーなども数多く開催しています。日本では起業家の“卵”の周囲にベンチャー企業の創業に成功した経験者が少ないため、創業時のノウハウを学ばずに、熱意だけでベンチャー企業をつくるケースが多いようです。一般的には、起業家は自分が持つ技術シーズを過信し、創業時に成功するかどうかのポイントになる、市場でのマーケッティング力などが弱いケースが多いそうです。売れない新製品や新サービスを出しても新事業を成功しません。
しかも、日本ではベンチャー企業の創業資金の出し手は自分と親戚、友人(これをFounder(自分),Family(親族)、Friend(友達)の“3F”と呼びます)で、失敗すれば最悪は自己破産したり、踏み倒したりして迷惑をかけます。リスクマネーの提供者は原則、エンジェルとVCが基本にならないと、日本ではベンチャー企業は増えません。
エンジェルは起業家にとってリスクマネーを提供してくれる大事な人物です。だからこそ、「エンジェルは規律ある姿勢で起業家と付き合うことが重要になる」と説明されます。IAIジャパンのWebサイトの目立つところに、エンジェルとしての基本的な規範ルールを示しています。節度ある姿勢で、真摯(しんし)に起業家の創業を支援することをうたっています。エンジェルが、起業家とイコールパートナーとしてつきあえるかどうかがカギになるからです。
IAIジャパンは日本でのエンジェル育成を目指しています。ある程度成功した先輩技術者が、後輩の創業者を育成する仕組みが日本にできると、日本も変わると思います。創業成功者の方々には、単なるご意見番ではなく、行動するエンジェルになっていただければ、日本は大きく変わると思います。八幡さんのようなエンジェルが増えることを願っています。
背中に羽根をはやした空想上の「天使」ではありません。ある種の篤志家です。ただし、単なる“足長おじさん”ではありません。日本では知る人ぞ知る存在です。
エンジェルとは、ベンチャー企業を創業したいと考えている起業家(アントレプレナー)に、最初のリスクマネーを投資してくれる個人投資家です。同時に、起業家が創業時に自分がやりたいことを図式化したビジネスモデルなどを練り上げる際に、有効な支援をする支援者を意味します。大事なことは、リスクマネーを提供する単なるパトロンではないことです。投資したリスクマネーを有効活用するように、ベンチャー企業の事業モデルを一緒に親身に考え、必要ならば創業時のCFO(最高財務責任者)やCOO(最高執行責任者)、社外監査役などの役員を紹介したり、事業化する製品・サービスの販売チャネルのキーマンを紹介したりします。簡単にいえば、ベンチャー企業が目指す新規事業を成功するように、ビジネスモデルを再構築する支援を惜しまない支援者です。
抽象的な説明は分かりにくいので、最近お目にかかった日本を代表するエンジェルを基にご説明します。その人物は、NPO(非営利組織)法人IAIジャパン理事長を務めている八幡惠介さんです。見かけ通りの好々爺(こうこうや)の方です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/99/87370c97f8212df92e5ed43c9ef2df1d.jpg)
八幡さんは“日本初のエンジェル”と自他ともに認める方です。半導体関係の技術者と経営者を務めた職務経験を生かし、日本などの半導体関係の研究開発型ベンチャー企業を30社支援しています。これまでに、この30社に対してご自分の資産から約2億円を投資されているとのことです。「お世話になった半導体業界への恩返しとして、エンジェルを続けている」と、動機を説明されます。
大学を卒業後にNEC(日本電気)に入社し、半導体事業の仕事に携われました。当時の九州日本電気(現在のルネサス セミコンダクタ九州・山口の一部)の立ち上げなどを手がけられ、1981年には米国NEC Electronics.Incの社長に就任されています。この間に米国ニューヨーク州にあるシラキューズ大学(Syracuse University)大学院に留学し、勉学に励まれると同時に半導体関係などで多くの人脈を築かれました。留学や仕事などを通して、米国の半導体業界での人脈を豊かにしながら、米国の半導体系ベンチャー企業が成功する仕組みなども学んだそうです。
84年にNECを退社すると、米LSI Rogic Corp(現在のLSI Corp)社の創業者であるW.J.コリガンさんから同社の日本法人の立ち上げを指揮する社長就任を依頼されました。コリガンさんが半導体業界の人脈から最適な人物を探した結果だったそうです。LSI Corpは米国カリフォルニア州のシリコンバレーで起業し成功したベンチャー企業の一つです。八幡氏は、「米国ではベンチャー企業の創業に成功した人物が、次世代のベンチャー企業の経営陣を育成する仕組みを間近で実践的に学んだ」と語ります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/49/84350f279087cb539404a188cc502e66.jpg)
LSI Corp日本法人が軌道に乗ったのを機に「引退しよう」と考えた時に、今度は米国半導体製造装置大手のApplied Materials. Inc.から日本法人の社長就任を頼まれ、引き受けました。この米国企業2社から報酬の一部として株式をストックオプションとして受けとったことが「エンジェルを始めるきっかけになった」そうです。八幡氏はストックオプションを基に「幸運にも今後の生活には十分な資産を手に入れました」と説明されます。この資産の中の約2億円をエンジェルとしての投資資金にされました。ストックオプションから得た資金は、給料を貯めて築いた資産とは異なり、「宝くじが当たった時と同じように、ある意味では無かったものと割り切ることができる」そうです。この結果、「社会貢献として、ベンチャー企業育成の投資資金に回した」そうです。
半導体系の研究開発ベンチャー企業30社に投資された理由は「これまでに半導体業界で築いてきた豊かな人脈が生かせるからだ」だそうです。30社に投資したのは「ベンチャー企業を20社程度まとめて支援ないと、投資のポートフォリオが組めないからだ」と説明されます。現時点では、残念ながら投資先企業からの成功報酬としてのリターンはまだ1社もないとのことです。この事実が、日本の厳しいベンチャー企業の状況を端的に物語っています。
日本ではベンチャー企業がうまく育たないといわれています。特に、先端技術を基に従来にない新規事業を興して、既存企業に取って代わるようなテクノロジー系ベンチャー企業はほとんど育っていません。モノづくり立国を標榜しながら、時代に応じた新規企業が生まれていないのです。モノづくり系の大手企業がリストラクチャリングしながら、新規事業に切り替えています。新規創業したベンチャー企業を通して、新産業を興す社会的な仕組みが未成熟です。
この原因はいくつか考えられていますが、その大きな要因の一つは、ベンチャー企業にリスクマネーを供給するベンチャーキャピタル(VC)の役割不足です。VCの投資規模は、「日本は米国の20分の1程度と少ない」と指摘されています。実態はもっと少ないとの声があります。しかし、それ以前の原因として、VCに先駆けてベンチャー企業の創業を支援する“エンジェル”と呼ばれる個人投資家が大幅に少ないことが要因の一つと分析さています。
エンジェルと呼ばれる個人投資家は、米国では以前に自分でベンチャー企業を創業した先輩たちであるケースが多いのです。このため、エンジェルは起業家がベンチャー企業を立ち上げる構想を練る際に、経営人材や資金の集め方、新規事業のビジネスモデルの構築の仕方などを具体的に助言できます。自分が苦労して得た経験に基づいて助言するため、実践的で有効な支援になります。起業家が最初につまずきそうなことを、有効に指摘できる助言者としての役目を果たします。創業の成功者だけに、若い創業者もその言葉の重みを感じます。つまり、米国では、起業家が考案したビジネスモデルを、エンジェルが実現可能なビジネスモデルにつくり直す過程を経ることで、ベンチャー企業の成功確率を高めているのです。先輩が経験したことを、次世代の起業家に支援を通して伝承する仕組みです。
2000年6月に設立した IAIジャパンはエンジェル組織として起業家支援をうたっています。同NPOのWebサイトには「起業家の皆様へ」という相談窓口サイトを設けています。この窓口を通して創業希望者が面会を求めてくるそうです。八幡さんは「一般論だが、多くの起業家は相談に来るのが遅いケースが多い」と感想を漏らします。日本ではベンチャー企業を創業し、難問に直面してからはじめて、相談に来る起業家が多いからのようです。
同NPOのWebサイトは「起業塾」というサイトも用意しています。起業前に準備することを伝えるセミナーなども数多く開催しています。日本では起業家の“卵”の周囲にベンチャー企業の創業に成功した経験者が少ないため、創業時のノウハウを学ばずに、熱意だけでベンチャー企業をつくるケースが多いようです。一般的には、起業家は自分が持つ技術シーズを過信し、創業時に成功するかどうかのポイントになる、市場でのマーケッティング力などが弱いケースが多いそうです。売れない新製品や新サービスを出しても新事業を成功しません。
しかも、日本ではベンチャー企業の創業資金の出し手は自分と親戚、友人(これをFounder(自分),Family(親族)、Friend(友達)の“3F”と呼びます)で、失敗すれば最悪は自己破産したり、踏み倒したりして迷惑をかけます。リスクマネーの提供者は原則、エンジェルとVCが基本にならないと、日本ではベンチャー企業は増えません。
エンジェルは起業家にとってリスクマネーを提供してくれる大事な人物です。だからこそ、「エンジェルは規律ある姿勢で起業家と付き合うことが重要になる」と説明されます。IAIジャパンのWebサイトの目立つところに、エンジェルとしての基本的な規範ルールを示しています。節度ある姿勢で、真摯(しんし)に起業家の創業を支援することをうたっています。エンジェルが、起業家とイコールパートナーとしてつきあえるかどうかがカギになるからです。
IAIジャパンは日本でのエンジェル育成を目指しています。ある程度成功した先輩技術者が、後輩の創業者を育成する仕組みが日本にできると、日本も変わると思います。創業成功者の方々には、単なるご意見番ではなく、行動するエンジェルになっていただければ、日本は大きく変わると思います。八幡さんのようなエンジェルが増えることを願っています。