ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

「パテント・トロール」という難しい話を拝聴しました

2010年08月28日 | イノベーション
 今日8月28日午後に「パテント・トロールへの大学での対応方策」というセミナーを聞きに行きました。
 日本知財学会のイノベーション・標準化分科会が東京都内で開催したセミナーです。日本が直面しそうな難問です。しかも、被害は一般消費者にまで及びます。



 多くの方が「パテント・トロール」という言葉に馴染みがないと思います。簡単に言えば、他人の特許を合法的に譲り受け、その特許を基に、「特許に抵触してるので、損害賠償を支払え」とたかって、巨額を稼ぐ組織(個人)のことです。こうしたパテント・トロールの企業が米国には数社あり、巨額を稼いでいます。先進国では特許などの知的財産で稼ぐビジネスモデルが重視されています。こうした中で咲く“あだ花”がパテント・トロールなのです。

 以下、今回のセミナーで聞いて分かったことをつまみ食い的に説明します。“トロール”とは本来は、北欧ノルウェーのやや怖い妖精を意味します。米国の知的財産の某有力責任者が、特許訴訟によって荒稼ぎする組織を「パテント・トロール」と呼んでから、この名称が多く使われるようになったそうです。それまでは「パテント・マフィア」などと呼ばれていたそうです。

 このパテント・トロール問題は特許の価値の根源に関係し、特許で稼ぐことの本質にかかわる難問です。日本は現在、特許などの知的財産を重視した“知財立国”を目指しています。現在の多くの製品やサービスは特許などの知的財産を基に、事業が進められています。苦労して開発した新製品や新サービスが、他社に簡単に真似されては事業を安定して持続できないからです。

 パテント・トロール問題と、従来の特許係争とどう違うのかを簡単に説明します。パテント・トロール組織は、自分が汗を流して研究開発した成果を基に特許を得るのではなく、他人が得た特許などを市場原理で買って自分のものにします。そして、その特許を利用した事業を始めません(製品やサービスを提供する事業をしないのです)。

 「ある企業Aがある製品Bを販売している」とします。突然、ある会社Cから「製品Bは、我が社が持つ特許を使って製品化されている」との訴えが届きます。そして「当社の特許を使いたいならば、その実施権のライセンス代を支払え」と伝えてきます。ここで重要なのは、米国では特許訴訟の費用がかなり高いことです。ある会社Cは、予想される訴訟費用よりは安い損害賠償費を提案してきます。「訴訟する前に、提示額を支払えば、提訴しない」と伝えます。

 こう伝えられた企業Aは「特許訴訟に必ず勝てる」と判断すれば、この訴えを無視します。しかし、必ず勝てると判断できなければ、訴訟した時の経費を勘案し、闘うか屈するかを冷静に判断します。この場合の会社Cがパテント・トロールです。これは実際のビジネスでは、それなりにあり得る話です。お互いに事業をしている会社同士の特許係争であれば、「当社の特許Dを使わせる代わりに、係争相手の企業と特許Eを使わせる」というクロスライセンスの解決法があります。これに対して、事業をしていないパテント・トロールC社は損害賠償費用を勝ち取らないと、訴訟を起こした意味がありません。

 訴訟社会の米国は、特許流通事業が盛んな社会でもあります。このため、特許を売ったり、買ったり、紹介したりする特許の仲介業者がいます。土地や建物などの不動産を仲介する不動産業の知的財産版です。知的財産を事業の基と考える先進国では特許の仲介業界が発達しています。実は、日本では経済産業省や特許庁が特許流通事業の育成を図っていますが、それほど成長していません。

 今回の「パテント・トロールへの大学での対応方策」セミナーを聞きに行った動機の一つはパネリストが魅力的だったことです。九州大学理事・副学長の安浦寛人さん、東京大学先端科学技術研究センター教授の渡部俊也さん、東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科長・教授の田辺孝二さんの豪華な3人です(写真では、向かって右から左に3人が並んでいます)。



 
 以下、断片的に。まず、大学の教員などの研究成果を基にした特許を、ある会社Eが「譲渡してもらいたい(買いたい)」と言ってきた場合、この会社Eがパテント・トロールにならないことを予測しなければならないのです。問題は、この会社Eが赤字になり、別の会社Fに買収された時に、この会社Fがパテント・トロールになるケースです。もっと気をつけなければならないケースは、ある会社Gが有力教員に委託研究を持ちかけ、しかも将来の事業化に必要な目標値を示すケースです。教員は今回の研究成果が産業価値を持つことを保証され、将来実用化される可能性が高いので、研究開発を精力的に進めます。しかし、この会社Gが実はパテント・トロールだった時に問題になります。個々の教員は委託研究を提案する企業の真の姿を見い出すことは、実際には困難です。

 また、最近話題の“知財ファンド”組織のように他人の特許を束ねて事業化を企画し、特許の価値を高める組織もあります。ある側面では、パテント・トロールに似た運営をしているともいえます。その組織がパテント・トロールがどうかの判定は予想以上に難しいといえます。みずからパテント・トロールと名乗る企業はないからです。相手企業がパテント・トロールかどうかの判断は非常に難しいようです。