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新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

過剰報道ではないのか

2024-06-02 06:52:07 | コラム
ムーキーベッツは「国民の休日にしたら」と言うのだった:

私は各テレビ局が挙って早朝から「前日に大谷翔平がどうしていたか」と報道するのは「自民党が政治資金改正法の修正案を出さずにいる」という古いと言われそうな表現をすれば「うざったい」ニュースよりは増しだと思っている。

だが、一方では「大谷が散髪してすっきりした」とまで事細かに流すのは、いくら何でも過剰だと思っている。Dodgersの監督や選手たちがその過熱ぶりをどのように見ているのかなとも考えていた。

すると、今朝程はテレ朝でベッツ内野手とグラスナウ投手を対談させていた。グラスナウが「大谷が投手として復帰する日が楽しみだ」と言えば、ベッツは笑いながら「その日は国民の休日にでもしたら良いだろう」と言ってのけた。聞き捨てならないと思った。これをどのように受け止めるかだが、私には「ベッツは大谷の賞賛だけではなく、過剰報道を皮肉っているし、多少のやっかみも入っている」かのように聞こえた。

何れにせよ、単なる冗談であり、アメリカ人独特のユーモアだと善意で解釈して軽く受け流しても良いかもしれない。私は「報道陣が熱心に大谷翔平の活躍を流してくれるのは良い」としても「ニューヨークに目を転じれば、ジャッジは既に19本も打っていたこと」も流すのが公平な姿勢だろうと思っている。私は何度も指摘したことは「マスコミの過剰報道が当人に届いて慢心してしまうか否かではなく、良い結果にならない事が多い」と。

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