とにかく書いておかないと

すぐに忘れてしまうことを、書き残しておきます。

国語力がない人たちが国語改革をすすめるからおかしなことになる

2020-01-11 09:48:21 | 国語
  PISA(経済協力開発機構が3年おきに実施する国際学習到達度調査)における日本の「読解力」の順位が急落した。この結果について、あるものは新井紀子氏のいうように日本人の「読解力」の低下に求めるし、ある者は試験のやり方に求めるし、ある者は試験自体の問題について言う。何がこの試験結果の本質なのかわからないのに、何とかしなければと騒ぎ出す。これが日本の教育界である。

 まずは冷静な分析が必要なのに、実はこの結果がどういうことを意味しているのかをどこで誰がどのような形で分析しているのかがわからない。おそらく誰かが分析をしているのだろうが、それがわかりやすく公開されていない。

 「日本人の読解力が落ちている」というあいまいな前提をもとに、「読解力をあげなければならない」という当たり前すぎる結論が生まれ、何をすべきかわからないのに、何かしなければならないと間に合わせの教育改革の指針が示される。このような「あいまいな前提」を誰も検証することがゆるされていないのに進んでいくのだ。その結果が新テストによる記述式の導入であり、「論理国語」の導入という愚かな政策なのだ。

 この愚かな改革がなぜ生まれたのか。それこそ日本の教育行政、ならびに改革を推進する教育学者の方々に「国語力」がないからである。根拠に基づき意見を表明し、冷静な議論を行うことができないから混乱が起きる。

 「国語力」のない人に「国語」改革なんかできるはずがない。
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今年の抱負④「学ぶ」ということ「考える」ということ

2020-01-08 19:09:56 | 日記
 近代人というのは「学ぶ」ことも経済的に考えがちになってしまいます。つまり量をこなせばたくさん学んだと思ってしまいます。あきらかにこれまでの教育は知識の量が「学力」でした。そうじゃないと思っていた人も、むずかしい本を理解して満足しているだけの場合が多い。単に先人の考え方そのものを「学ぶ」だけで、決して自分のものにはなっていない。それが私でした。

 だからそこから一歩進まなければならないと思い始めました。自分で考えなくてはならない。自分で考えるための手段が書くことです。書くことは考えを整理することになります。自分の言葉で書くことによって、外から得た知識も消化され、自分のものに近づきます。

 しかし、最近書くこともマンネリになってきました。パターンを繰り返しているだけで、書かなければいけないから書いているという状態になってきているように思います。それではいけません。

 考える時間を増やそう。落ち着いて心を整理する余裕をもとう。これが今年の抱負です。
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今年の抱負③健康

2020-01-05 19:04:26 | 日記
 いろいろやりたいことはあるのですが、やっぱり健康第一です。

 どうも体が言うことを聞かないことが多くなってきました。幸いなことに病気で寝込むようなことはほとんどないのですが、めまいが多く、得体のしれない疲れに悩まされることが頻繁にあります。そうなると無気力になってしまい、何もしたくなくなります。

 実は今もその状態です。1月3日にある映画を見に行ったのですが、その映画が気持ち悪く、それと同時になぜかその映画が満杯で座席が近かったために、焦点がおかしくなってしまいました。そこからめまいがひどくなり、倦怠感が襲ってきました。おそらくその前から疲れがたまっていたからなのだと思いますが、ここ2.3日体調が戻っていません。

 もともと体が硬かったのですが、老化にともない、さらに体が硬くなってきました。腰痛、肩こりは慢性になってきています。秋にはつまずいて肉離れ、1月前には肩が動かせないほどいたくなり整形外科に頻繁に行くようになってしまいました。いつか大きなケガをしそうです。体のケアをしっかりとしなければなりません。

 やりたいことがたくさんあるのですが、体調が悪くなると、一方ではあきらめ気分になるし、一方ではあせりが生じて、うまくいかずに悲観的になってしまいます。
心に余裕をもちながら、やるべきことをしっかりとやっていくためにも、健康に気を付けていきたいと思います。
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2020年の抱負②「読書」編

2020-01-04 15:17:39 | 日記
 今年の抱負のその2として、読書についてとりとめもなく書いておきたい。

 ここ数年「読書メーター」を使って読書記録をしている。毎年40冊前後の本を読んでいる。それ以外にも完読していない本もあるし、雑誌・新聞などで必要なところだけを読んでいるものもある。年間の冊数としては週に一冊弱ぐらいが私のペースなのかもしれない。ただしあまり冊数にこだわると読みやすい本ばかり読むことになり、意味がない。あまり冊数にはこだわらず、目的を持った読書をしていきたい。

 ということで今考えている今年の目的。

 今年ということではなく、これからはかつて読んだ本を2回、3回と読むことを心掛けたい。ここ数年2年、夏目漱石を読み直している。話の内容なんか忘れているものばかりだった。今年も夏目漱石を5、6冊読み直してみたい。また、かつて多く読んだ本、石川淳や安部公房などにも広げていきたい。太宰治や織田作之助なども読みたい。現代作家では村上春樹を最近読んでいる。今年も何冊か読んでみたい。

 そして今年実現したいことは、『源氏物語』の読破である。もちろん現代語訳である。いくつかの章は原文で読んでいる。しかし全体を読み通したことはない。国語教師としては恥ずかしいことなので、国語教師であるうちにこれは解決しておきたい。
ナラトロジーや国語教育に関する本も再読していきたい。「ただ読む」から卒業して、読んだ後に語れるようになりたい。

 もちろん普通の小説も読んでいきたい。心に残るようないい小説と出会うことを願っている。

 とは言え、あまり自分に課してしまうと苦しくなるだけだ。一応目標として書いてはおくが、あまりとらわれないで読書していきたい。
 
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2020年の抱負①「国語」編

2020-01-01 18:06:17 | 国語
 あけましておめでとうございます。

 きょうは国語教育について2020年に成し遂げたいことを書きます。

 国語関係については、4月に国語の『ナラトロジー』についての発表をする予定があります。現代文の小説の読解の授業の実践の発表である。「語り」の視点を導入することによって解釈の幅を広げる試みを発表したいと思っています。うまく行く自信はないのですが、最後までがんばりたいと思います。

 もう一つ、古典文法についてブログで書いていきたいと思います。古典文法をできるだけ少ない労力で定着させる方法を形にしていきたいと思います。しかし本当の目的は、古典文法を学ぶことによって「文法」というものを見つめなおすことです。発展させていけば国語教育に古典指導が本当に必要なのか。必要だとすれば何が必要なのかを考えていきたいと思っています。

 そして英語教育と国語教育の連携についても考えていきたいと思います。こちらはあまり時間が取れそうもありませんが、機会があるたびに考えていきます。できればブログでも書いておきたいです。もちろん中途半端なまま、「とにかく書いておく」程度のものになると思いますが、ご容赦ください。

 言語技術の授業もがんばります。

 さらに小学校や中学校の教材を高校生にもう一度考えてみる授業もしたいと思います。

 書いてしまうとやりたいことだらけですが、あまり欲張ると何もできません。とは言え、定年まで時間がありません。なんとか整理整頓して計画をたてて頑張りたいと思います。
 
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