世界の街角

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振り回されているワット・チェンセーンの仏塔

2016-12-22 09:37:20 | 古代と中世
今頃気づいたのでは遅いのだが、過去に読んだ東義国著「陶器講座13 クメール・安南・タイ」雄山閣刊に、ワット・チェンセーンの仏塔は、ミャンマーの古都・プロムに多いプロム様式であると記されている。

つい先年までは、そうとばかりに、サンカンペーン陶磁にはミャンマーの影響もあったか?・・・などと当該ブログにコメントなどを書き込んだりしていた。
最近、仏塔の様式を調べていると、Page269のプロム様式との記述に疑義が浮かんできた。また当該寺院から出土した碑文から氏は、サンカンペーン窯の開窯時期は15世紀末と記述されている。開窯時期は、最近の研究で200年遡ることが、ほぼ定説となっている。・・・と、このように情報の少ない中での著作は、苦労が多かったであろうと想定している。
そこで、プロム様式と記された仏塔の様式である。仏塔については素人であるので、誤ったことを記す危険性もあるが、その前提で読んで頂ければと思っている。
そこで、10年以上も前に写したワット・チェンセーンの仏塔を下に掲げておく。
この仏塔をプロム様式と表現されていることに、何の知識も持っておらず、疑義を感じていなかった。その期間は相当の長さであった。ところが最近ピュー王国のことを調べているとピュー(プロム)様式の仏塔は砲弾形であることが分かった。それが下の写真(グーグル・アースより)である。
最初の写真と比較し大きく異なる。従ってワット・チェンセーンの仏塔をプロム様式とは呼べないであろう。では何様式であるのか?・・・どうでも良いような設問であるが、ワット・チェンセーンを信仰する人々が、サンカンペーン窯業に従事したであろうことを考えれば、その作品に影響を与えた人々であり、その出自を考えるためにも重要である。
そこで、色々と調べてみた。まずワット・チェンセーンとあるからには、チェンセーンとの繋がりがあろうと考え、チェンセーンの街の仏塔を探してみた。下はワット・パサックの仏塔でシュリービジャヤ様式であるという。特徴は仏龕を有していることである。
ワット・チェンセーンの仏塔に仏龕はない。様式的には異なるようだ。そこで、更に調べる。
これはワット・ジェットヨートのランナー様式の仏塔である。似てきた感じだが、これには仏龕があるので、ワット・チェンセーンのそれとは少しことなる。
下写真は、スコータイのワット・チエディー・スーンの仏塔で、シュリービジャヤースコータイ様式と某HPに記されている。この様式の真偽のほどは分からないが、なんとなくワット・チェンセーンの仏塔に似ている。
ワット・チェンセーンと、このワット・チェディー・スンの仏塔には仏龕がない点で共通である。そこでワット・チェンセーンの仏塔がシュリービジャヤースコータイ様式であるとすれば、スコータイとシーサッチャナーライ陶磁がサンカンペーンへ影響を及ぼした、一つの根拠となる。但し結論を下すには早計で、継続した調査が必要であろう。
このワット・チェンセーンの碑文と仏塔には、まだまだ振り回されそうである。