モアイのためいき

日々のこと・ハンドメイド・若い頃の旅など

戸越銀座を友とぶらぶら

2019-06-30 14:28:21 | 日記

先日、高校時代の友人Kと7年ぶりに会いました。

Kとは高校卒業後の学生時代に、一緒にオーストラリアに旅行に行ったりして、

気心が知れている仲です。

会おうと思えばもっと短いスパンで会えるのかもしれないけれど、

なんとなく、日が過ぎてしまったね~。

「どこで会おうか」という時に、これもなんとなく、戸越銀座に行ってみようということになりました。

Kは足は速いが、生粋の文科系人間で、たいして自分は、高校時代も運動部活中心だったので、

Kとは、放課後に遊ぶということはできず、自分の部活がたまに休みの時、街歩きなどをしたものだった。

自由が丘とか、横浜の山手方面とか、代官山とか。

ネット情報が無い時代だったので、多分、るるぶとかの雑誌でKがお店の情報を調べてくれたのだろうな。

その頃のお店のこととか、自分の記憶の中で、かわいいおもちゃ箱に入れられたように入っています。

7年ぶりの再会・・・顔を合わせた途端、お互い笑う「変わってないね~」と。

多分、細かいところでは年相応に老化しているのだが、不思議なことに本当に変わってないと感じる。

2週間前に中学時代の友人たちと会った時も、こんな感じだったし。

戸越銀座はテレビの情報番組などで、ぶらつくのが楽しそうだったので行ってみましたが、

思ったより、チェーン店が多いのですね。

賑わっている印象だけれども、個人でお店をやっていくのは大変なのでしょうね。

そんな中、Kと喋りつつ、お惣菜をちょっと買ってそこで食べたり、おしゃれなお店を覗いてみたり。

途中ホットケーキのお店に入ったりしましたが、5時間くらい、行ったり来たり、4往復くらいしたのではないだろうか

そうそう、この日は天気予報では傘マークがついておりましたが、

またもや、晴れ女(←自分)の念が強かったのか、曇りでお散歩にはちょうど良く

Kはメインストリートから横道に入ったところのお店も気になるみたいで、

喉が渇いたね~と、横道を覗いたところで「コーヒー」ののぼりを見つけて、

アイスコーヒーを注文したら、もう、カップに半分もないということで、

1杯¥300のところを、¥100で販売してくれて、

縁台みたいなところにKと二人で腰掛けて、ゆっくりアイスコーヒーを味わいました。

アイスコーヒーにマドレーヌもついていたので、店主のおじさんに「赤字になっちゃいませんか?」と聞いたら、

「コーヒーは儲かるから大丈夫だよ」と言ってたけれど、ほんとかな?

なんだか我々らしい、お散歩の一コマ。なんか楽しい。

その後、夕飯のおかずになりそうなものを少し買って、戸越銀座をあとにしました。

そうそう、ちょっと驚いたのが、自分が手帳をバッグから出したら、Kが「同じのを使っている」と出してきた。

気が合いすぎでしょう

お互い、子供のこととか、健康のこととか、気にかかることはあるけれども、

こうしてたま~に会っても昔のリズムでいられることに、感謝です。Kありがとうね。嬉しい散歩でした。

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2019 V・ファーレン長崎vs町田ゼルビア

2019-06-29 23:30:43 | スポーツ観戦

今日は夕方から家でDAZN観戦。サッカー、V・ファーレン長崎 VS FC琉球戦。

幸先よく3-0で勝っていたのだが、3-2まで追い上げられ、

勝利したものの、なんとなく後味がよろしくなかったねぇ。

呉屋選手の連続ゴールの期待もあってか、守りががっちりいかなかったのか。

サッカー素人のオバサンの考察。

さて、2節前に、町田の野津田へ観戦に行ってきました。

野津田へ行くのは何度目だろう?野津田でゼルビアと戦うのは J2では3度目のようだ。

JFLの時に2回は行っているので、野津田はなじみがある感じです。

当初はバスも不便で、競技場へ行くには、バスを降りてから小山を登って行ったものでした。

野津田は「天空の・・・」と形容されるように、ほかに建物が見えず、競技場の周りは空なので、

ちょっと気持ちがいいです。

そして、約2年ぶりに行って気付いたのが、電光掲示板ていうのか・・・が、

きれいになっておりました 目指せ J1(ライセンス)

・・・と、どっちの応援なんだ自分は・・・えぇ、V・ファーレン長崎です。

この日は、町田駅からベンツ製の連結バスで競技場の前まで直行便に乗って行きました。

父の日のイベントで、元プロ野球選手、高木豊氏のトークショーがありました。

そう、高木豊氏の息子さん、3人が、Jリーガーなんですね~。

ちなみに、自分は若い頃横浜スタジアムへ スワローズの応援で行っていたので、

高木豊さんは馴染み深い(敵ではあったが)。応援歌もなんとなく歌える

この日も、V・ファーレン長崎のマスコットのヴィヴィ君が来てました。

ヴィヴィ君、大忙しだなぁ。中の人は女性なんだろうなぁ(勝手な想像です)。

肝心の試合、前半で2-0で勝っていたのに、いつのまにか追いつかれていたよ。

内容的には、ずっと押されっぱなしで、得点は呉屋選手のカウンター的な少ないチャンスを生かしたもの。

(サッカー素人のオバサンの個人的見解です)

呉屋選手の特に2点目が芸術的なシュートだっただけに、

追いつかれてしまって、呉屋選手がかわいそうでならなかった。

帰りながら、「呉屋選手、かわいそう・・・」とため息をつきながら歩いていたオバサンは自分です。

負けてはいないけれど、V・ファーレン長崎のサポーターは悔しかったのではないか。

ゴールキーパーの富澤選手は、地元が近いので、声援が多かったです。凱旋試合で、勝ってほしかったな。

関東地方でのアウェイゲームへの参戦も、あと何回行けるか・・・。

ワクワクする試合を見せてもらいたいです。

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30年ぶりくらいに恩師と会った

2019-06-16 10:30:14 | 日記

  先日、およそ9年ぶりに、中学時代の友人たちと集まりました。

きっかけは、我々が中学1年生の時の担任の先生が、そろそろ退職するのではないかと・・・、

それなら、お花でも送りたいね~・・・と友人たちと連絡を取り、

そこから、「では、ランチでも…」という流れで、集まりました。

結局のところ、担任の先生は再任用という形で定年後も先生を続けていることが分かったのですが、

ランチに誘ってみたら、来てくださるということで、

ちょっと、特別なランチとなりました。

先生は、我々が中学入学の時に、新卒で先生になって、

なおかつ、我々が入学と同時に中学校が開校となったので、

何もかもが新しい感じで、これから作り上げていく感がみなぎっていたのでした。

そんなこともあり、先生と我々は多分、仲が良かった(というと語弊があるかもしれませんが)です。

でも、かなり叱られました

げんこつで叱られることも、何度もあり・・・。

現在なら、体罰で騒がれるのかもしれませんが、

昭和のこの頃は、金八先生みたいに熱い先生というのに、近かったのかもしれません。

・・・ちなみに、先生は男性ですが、我々は誰も先生に恋心を抱かなかったなぁ

今だったら、「え~っ?」ってなるのかもしれませんが、

我々はたくさん同級生を募って、30人くらいで先生の親戚の畑で、スイカ狩りをしたり、

中学を卒業してからは、7人くらいで先生のお宅に遊びに行ったり、

先生にとっても、思い出深い生徒だったと思います。

そのうち、それぞれ忙しくなり、自分自身は先生とは年賀状だけのお付き合いでしたが、

今回、お会いするのは多分30年ぶりくらいで・・・。

さて、ランチの当日、我々友人たち(7人)もしばらく会ってなかったから、

お互い「老けたなぁ・・・」とか思ったりするのかなぁと心配しましたが、

「変わらないね~」で再会を果たし、

・・・そして先生、待ち合わせ場所ですぐに分かりました。現役の先生だからか、枯れてない

ランチは和食のお店で、友人Yが予約してくれたのですが、

一つ一つのお味が、おいしかった~

先生が、我々の中学生時代の写真とか持ってきてくれて、

本来は、我々が用意するべきところなのに・・・いやぁ懐かしかった。

そして、先生の記憶力のすごさ。

40年も先生やっていても、初期の頃だからか、色々覚えていてくれてびっくり。

もっとも、げんこつの話になったところ、

自分は先生と隣だったので表情が分からなかったのですが、

あとで友人Yが「あのげんこつの話になった時、ばつが悪そうだったよ」と教えてくれた。

げんこつのことはさておき、先生の教えもあってか、

自分は、「ごまかさない生き方」に近づけるよう、心掛けてきました。

近づけるように心掛けるだけで、徹底はできていないけれど

先生は60代前半で、我々は50代前半・・・なかば、同年代になってしまったのだな。

また、会える機会を作ります。先生、自分の生き方の一つを作ってくれてありがとう。

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Y160記念列車に乗ってきました

2019-06-02 12:43:40 | 旅行

  子供の頃から鉄道に乗るのが好きな性質であります。乗り鉄・・・と言うほどのこだわりもないのですが。

さて、今回、自分の鉄道好きを知っていた元上司から久しぶりにメールが来まして、

「石川町から記念列車が出るよ!お知らせまで!」的な感じで・・・。

それを仲の良い同僚に話すと、「行きたい!」ということになり、

なんだかんだで、元上司が切符を取りに行ってくれることになり、無事にゲット。

元上司(50代後半男性)と、50代オバサン3人の計4人で、Y160記念列車に乗ってきました!

Y160記念列車・・・と言っても、自分にはよく分からない。

横浜港開港160周年のイベントの一環なのかしら?

とにかく、営業路線ではない貨物の線路を走ったりするということで、

乗った5月26日(日)には、

「石川町・・・新鶴見信号場・・・富士川・・・東田子の浦・・・石川町」

という経路を行きました。

 

写真、下手くそなもので、本当は電光掲示板に「Y160」と出ている画面を撮ったつもりだったのだが、

「団体専用」だって・・・慌てていたようだ

石川町8時39分頃、石川町を出発。車両は、自分のイメージとしては踊り子号。

4人の旅なので、座席をくるりと回転させて、ボックスにしましたよ~。

詳しい経路は、自分は鉄道は素人に近いもので、

「それは違うよ!」という記載をするかもしれませんが、お許しを。

石川町を出て、根岸線の線路でまずは走行。桜木町を過ぎたあたりで、線路は地下へもぐったね(多分)。

同僚たちとのおしゃべりも楽しくて、景色も見失いがちになりそうだったが、

気付いたら地上に出ていて、いわゆる京浜工業地帯のための貨物路線な感じでした。

生麦のキリンビール工場がすぐそばに見えたり、

「金太郎」という絵がついた貨物の車両があったりして、

鉄道にあまり興味がない同僚たちも、「楽しい」気分で車窓を見てました。

やがて、新鶴見信号場で折り返し、東海道貨物線へ。

元横浜市民としては、「羽沢」の貨物線はじっくり見たいところで、

同僚たちから「無言で窓にかじりついている」と笑われた。

やがて東海道線に合流し、自分にとっての次の楽しみは根府川あたりの相模湾を臨む車窓です。

期待にたがわず、この日も雄大な海が見られました。

景色を楽しみつつ、やっぱり話題は職場の話。

オバサンたち、うるさかったかな?元上司は笑ってたけれど、内心恥ずかしかったかも。

車内はさすがに鉄道好きが多い為か、乗ることに集中するのか、ビール率はかなり低かったと思われ・・・。

スタッフの方が、「元町リカちゃんと写真を撮りませんか?」と案内に来てくれたので、記念撮影をしました。

元町リカちゃんというのは、元町のお店の物を身に着けたリカちゃんで、

4人くらい、若い女性がリカちゃんに扮していました。

撮影と言えば・・・意外と知らなかったのが、撮り鉄さんの存在。

窓の向こうのそこかしこに、撮り鉄さんがいて、一応窓から手を振っておいた(だからどうするということもないが)。

「Y160」のヘッドマークがついた車両が珍しいのかな?

やがて富士川駅につき、ここで折り返し。駅には出られません。

少し走って東田子の浦駅着。ここで駅におりられますが、ホームで写真撮ったり足を伸ばしたり。

富士山は結構よく見えるのですが、天気が良すぎるせいか、ちょっとけぶった感じ。

時間が結構あったので、運転席とか見に行ってみたけれど、計器類がちょっとレトロに感じました。

トイレは和式だし、一昔前の車両ですね。

鉄道ファンには、そういうところもいいのかな?

東田子の浦を出発して、我々はお弁当をいただきました。

この日はツアー代金(¥10900)にお弁当も含まれます。

お弁当は、横浜と言えば「崎陽軒」ですが・・・お馴染みのシウマイ弁当とパッケージが違う。

後で調べたら、ランクが上の、注文用のお弁当でした。

シウマイ弁当に入っているタケノコの煮たやつ(とみんな言う)が入っていなかったけれど、

おいしいお弁当でした

復路も東海道線を走り、大船のあたりで、

元上司に「ここから根岸線に入りますかね~」と言って、車窓にかじりついて、

また同僚たちに、「ゆっくり線路見てていいよ~」と笑われ、

立体交差する線路に心ときめかせ、いよいよ最終コーナーに入った感覚。

そして、14時18分頃、石川町駅に戻ってまいりました!

家に帰ってから、地図を見て、経路を確認してみましたが、

はっきり分からないところもあったので、記述が間違っているかもしれません。

それにしても、ワクワクする列車旅でした。

この列車旅を教えてくれて切符も取ってくれた元上司と、

楽しい列車旅にしてくれた同僚たちに感謝。  

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