5月10日 読売新聞「編集手帳」
池波正太郎さんの時代小説には食欲をそそる食材がしばしば登場する。
名場面を集めた『梅安(ばいあん)料理ごよみ』(講談社文庫)に初夏の日をつづった一節がある。
鍼(はり)医者・梅安と相棒の彦次郎との鰹(かつお)を巡るやりとりがいい。
まずは刺し身で楽しみ夕餉(ゆうげ)は
<肩の肉を掻(か)き取り、
細かにして、
鰹飯にしよう>と彦次郎。
よく湯がいてよく冷まし<ていねいに揉(も)みほぐさなくてはいけない>と梅安が応じる。
薬味は葱(ねぎ)だ、
とも。
蝦蛄(しゃこ)の煮つけに秋茄子(なす)の塩もみ、
大根と油揚げの鍋仕立て…。
目次には季節ごとに料理の名が並ぶ。
四季折々、
日本人は旬の味をどれほど好み、
大切にしてきたのかとしみじみ思う。
戸を閉めたのは桜の散り終わり、
新緑へ季節が巡り、
いまだ開けられない。
そんな料理屋さんが少なくない。
「当分の間、
休みます」。
雨風に打たれ、
しわしわになった貼り紙を見た。
半年先まで使える食事券を買う。
ネットを介して寄付をする。
スマホで食事代を先払いする。
なじみの店を救おうと、
様々な取り組みが進む。
なに、
アジやイワシ、
キス等々これからが旬の魚が数々ある。
どうか持ちこたえて、
と祈る。