4月26日付 読売新聞編集手帳
歌舞伎の六代目尾上菊五郎は鉄道の駅にいた。
荷物を満載した荷車を駅員が大勢で押している。
やっとのことで動き出すとあとは楽なもので、
一人の駅員が悠々と押して移動させた。
六代目は供の者に言ったという。
見たろう、初めに動かすのは大変だが、いったん動き出せば苦もない。
「無から一を生み出すのはむずかしいが、
千から万を生むのは楽なものだ。
車も芸も同じだな」と。
劇作家の宇野信夫さんが随筆に書いている。
車も芸も――国政も、だろう。
大震災で凍りついた経済の車を動かすには、
渾身(こんしん)の力が要る。
統一地方選で民主党が敗北したのは原発事故をめぐる不手際もさることながら、
菅首相の「渾身」が有権者の目に見えないのも一因だろう。
メンツにこだわり、
子ども手当などのバラマキ施策さえ撤回できないのでは、
「千から万を生む」平時仕様の政権とみなされても仕方がない。
首相を代える、
代えぬの騒動で原発対応に空白が生じるのは願い下げだが、
原発事故を“人質”に取っての政権延命も有権者の望むところではなかろう。
無から一を生む人の、必死の形相が見たいものである。