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雨よ 心して降れ

2014-06-14 07:15:00 | 報道/ニュース

6月6日 編集手帳


日常のありふれた風景がつかの間、
人を哲学者にするときがある。
話術家の徳川夢声には、
自宅の庭に降る雨がそうだったらしい。
〈池には雨が落ちて、
 無数の輪が発生し消滅する〉

1942年(昭和17年)3月の日記に書いている。
〈人間が生れて死ぬ世の中を高速度に見ることが出来たら、
こんな風だろうと思つた。
カミの目から見る人間の生死がこの通りだろう〉と。
雨にはたしかに、
人を物思いに誘うようなところがある。

関東甲信から北陸、
東北南部の地域がきのう梅雨入りした。
しばらくは“哲学の季節”がつづく。

と言いたいところだが、
西日本での登場ぶりをみると、
池のほとりで無常観に浸ることのできそうな降りようではない。
豪雨が災害をもたらすような「 荒(あら)梅雨」「暴れ梅雨」になりはしないかと、
いまから気にかかる。

数ある雨かんむりの漢字のなかで、
誰もがその字の前でこうべを垂れるのは〈霊〉だろう。
日々の新聞をひらけば7歳の 有希(ゆき)ちゃんがいて、
5歳の 理玖(りく)君がいて、
いつにまして心静かな 瞑目(めいもく)の時間がほしいときにめぐってきた梅雨どきである。
雨よ、
どうか心して降れ。


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