11月7日 読売新聞「編集手帳」
米国では連日、
大統領選の票の集計に不満を示すトランプ支持者が開票所に詰めかけている。
怒り顔で「選挙を盗むな」と叫ぶ人たちをテレビで見ていて、
ふとある年の文化庁の「国語に関する世論調査」を思い出した。
「琴線に触れる」の意を尋ねたところ、
「怒りを買ってしまうこと」との回答が3割にのぼり、
本来の意である素晴らしいものに触れ、
感動や共鳴を覚えることだと答えた人と拮抗したという。
十数年前の調査なので、
選挙をめぐる混乱が「琴線に触れる」景色に見える人はさらに増えているかもしれない。
辞書編集者の神永暁さんは著書「悩ましい国語辞典」に一編の詩を引いて、
元々のことばの意をかみしめている。
<この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美しさに耐へかね
琴はしづかに鳴りいだすだらう>(八木重吉「素朴な琴」)。
こんなふうに心の琴の音を聞くにはまずは静けさが必要だろう。
コロナ禍のざわざわのなかで生活していると、
重吉の詩にいっそうの得がたさを覚える。
きょう立冬を迎えた。
暮らしに落ち着きを取り戻せないまま、
秋もいってしまった。