11月1日 読売新聞「編集手帳」
琉球王朝が首里を都に定めた15世紀初頭、
城から港へ下る道が造られた。
「綾門大道(あやじょううふみち)」という。
琉球で初めて人工的に整備されたこの道路は、
石灰岩を砕いた粉を敷き詰める白い道だった。
上里隆史著『琉球古道』(河出書房新社)に教わった。
南国の陽光をはじく白い道はさらに、
カズラやハイビスカスからしぼり取った液を散布して補強された。
首里に近づくと植物の香りが漂ったとも伝えられている。
沖縄の歴史や文化、
美しさに、
時空を超えて触れられる場所に違いない。
世界遺産の城郭に再建された首里城(那覇市)が焼け落ちた。
多くの住民が消防車のけたたましいサイレンに未明の街に飛び出し、
炎を噴き上げる小高い丘を見つめた。
涙する人の姿もあった。
悲惨な沖縄戦で焼失し、
時間をかけて復元された首里城は、
戦後の歩みの象徴であり、
誇りであり…。
それが一夜にして灰燼かいじんに帰した。
衝撃と喪失感はいかばかりだろう。
政府からは早くも「再建をめざす」との声が聞かれる。
再びの焼失を乗り越え、
首里の景色を取り戻してもらいたい。
目を閉じれば、
白い道や花々の匂いが浮かぶ心の城を。