先日おばさんが74歳でなくなりました。おばさんといっても、おじいちゃんの姉妹なのです。
おばさんは60代で脳溢血で倒れ、半身不随になり、その治療のため、カテーテルを通したところ、痴呆が始まってしまったのです。
介護は、定年を過ぎたご主人のおじさんがしていました。息子が2人いるのですが、仕事を持っているお嫁さんたちのへの配慮か、子供には迷惑をかけないようにと。
おばさんは洋裁を自宅でしていました。小さいときはウエディングドレスが飾ってあったりするのがうれしくて、遊びに行くのを楽しみにしていました。もちろん、私のセーラー服はおばさんに作ってもらいました。
私は必ずなくなった方のお顔を拝見させてもらっています。
最後のお顔にはその人の思いがこめられているような気がします。
このところ、病気で若くしてなくなられた人ばかりで、みなさん安心した顔をしていませんでした。
ところが、おばさんの顔は、死に化粧に飾られ、とても美しかったのです。見ていてうっとりするほど・・・
最愛の旦那様に最後まで介護され、きっと幸せだったのでしょう。
私も最後は綺麗な顔で終わりたいと思いました。
毎日毎日を大切に過ごし、悔いなく生きていく。
人はいつか死んでしまう。その日に向かって生きているのなら、死を受け入れて、今日を大事に過ごして生きたい。
最後はいい人生だったと思えるように・・・
おばさんは60代で脳溢血で倒れ、半身不随になり、その治療のため、カテーテルを通したところ、痴呆が始まってしまったのです。
介護は、定年を過ぎたご主人のおじさんがしていました。息子が2人いるのですが、仕事を持っているお嫁さんたちのへの配慮か、子供には迷惑をかけないようにと。
おばさんは洋裁を自宅でしていました。小さいときはウエディングドレスが飾ってあったりするのがうれしくて、遊びに行くのを楽しみにしていました。もちろん、私のセーラー服はおばさんに作ってもらいました。
私は必ずなくなった方のお顔を拝見させてもらっています。
最後のお顔にはその人の思いがこめられているような気がします。
このところ、病気で若くしてなくなられた人ばかりで、みなさん安心した顔をしていませんでした。
ところが、おばさんの顔は、死に化粧に飾られ、とても美しかったのです。見ていてうっとりするほど・・・
最愛の旦那様に最後まで介護され、きっと幸せだったのでしょう。
私も最後は綺麗な顔で終わりたいと思いました。
毎日毎日を大切に過ごし、悔いなく生きていく。
人はいつか死んでしまう。その日に向かって生きているのなら、死を受け入れて、今日を大事に過ごして生きたい。
最後はいい人生だったと思えるように・・・