2016年3月9日(水)
今日は部分日食だったのに、天気が悪くて残念。
今日は昔お世話になった会社の先輩のお通夜だった。
去年退職した、61歳。
突発性間質性肺炎という難病になり、余命2年と言われていた。
治療中に肺がんが見つかり、延命治療することなく他界した。
ちょっと羨ましかった。
病気は辛かっただろうけど、退職して1年。
沢山の人がお通夜に集まった。
先輩は一生独身だった。
まだ、私と仕事をしていたころは30代で「結婚して子供が欲しい」と言っていた。
50代の時は「もう結婚しないから、使いたいようにお金は使う」と言っていた。
定年前に余命を宣告されて、自分に残った時間がわかった。
入退院を繰り返しながらも残った時間を楽しんでいたようだ。
それも羨ましかった。
今、私は死ぬことには何も不安はない。
何が不安かって、この先いくつまで生きるかってこと。
私の祖母も曾祖母も90歳以上生きた。
ふたりとも言っていた「死ぬの忘れちゃったみたい。早く終わりにしたいのよね」
いくつまで、人に迷惑を掛けずに生きていられるのか。
何も守るものはないし、心配する事もない。
これをやらなくちゃ死ねないなんてものもない。
私も61歳くらいで十分。
和尚様がお説教された。
「昨日死んでしまった人の中には、あと1日生きたかったと思っている人もいる。だから、今日生きていることをありがたいと思って過ごさなくてはいけません」
早く死にたいなんて思ってはいけない。
でも、この先楽しい時間があるのかな?って思うのですよ。