「つながり」の旅 in Paris ~ 人と人、自然、地域との「つながり」 ~

人・自然・地域との「つながり」をテーマにした旅や暮らし(エコツーリズム、スローライフ等)について日々の想いを綴ります。

砂漠へ

2011年01月17日 | 素晴らしき旅の記憶
2004年のゴールデンウィークに、NGOのツアーで内モンゴルへ植林に行きました。
http://www.foejapan.org/desert/tour/040429-1.html

どんなツアーだったかという記憶も薄れつつあるこの頃ですが
このほど、植林が始まって10年を記念してこれまでのツアーの同窓会をやります、
というNGOからの呼びかけに、思い切って行ってみました。

一緒にツアーに参加した13,4人のうち、来ていたのは4,5人でしたが、
懐かしい再会でした。

帰ってきて、ツアーの時はまだで会ってなかった連れあいに、
「なぜ内モンゴルの植林に参加しようと思ったの?」
と言われてふと考えてしまいました。

はて、なんでだっけ?
旅も自然も、行ったことないところに行くのも好きなのは変わりません。
環境NGOや農林業体験にもずっと興味あります。
でもなんでだっけ?


今ではよく思い出せませんが、きっと、
農林業体験を、まだ行ったことがない世界の地でやってみたい、
新たな人や世界との出会いが欲しい、
ということだったと思います。

今でも概念としては興味ある分野ですが、
会えて行こうとは思わないだろうなあ。。。
だから、暫く考えたのでしょうね。
思えば遠くへ来たもんだ…。

あれから7年。
何を失い、何を得たのか。
成長したのか、夢に近づいたのか・・・。

うーん。答えは出ない。
月日が経ち、僕も変わった、ということだけが確か。

安曇野の風景③

2010年07月16日 | 素晴らしき旅の記憶
安曇野に行った時の日記に戻ります。

有名な大王わさび農場に行きました。見渡す限り一面のワサビ田で、ワサビソフトはもちろん、ワサビ入りコロッケやワサビ煎餅など、数々のワサビグッズが売られています。

わさびは、水温13度に保たれてる清水が流れるところで生えるらしく、ワサビ田の水に足を浸せるところがあったので靴下を脱いで水に入ってみたら、冷たくて気持ちいい!と思ったのも束の間、すぐに足がかじかんでしまいました。こういうキンとした冷たさの中で、あのピリッと利くワサビが育つんですね。間近にワサビの生育状況を見ることもあまりないので、砂利の中にこんなに根を何本も伸ばして・・・というのが観察できておもしろい体験でした。

ちなみに、なんで「大王わさび農場」という偉そうな名前が付いているんだろうと思っていましたが、大陸系の大和朝廷に対し、地元民を守るために立ち上がった土着の王様で八面大王という方がいたんだそうな。

最終的には大和朝廷に征服されましたが、あまりにも強力だったので、生き返るのを恐れて八つ裂きにされて葬られたとのこと。なので、耳●、鼻●、首塚、など、体の部位にまつわる地名がこの辺は多いそう。

大王わさび農場周辺にも、体の一部が眠っているらしく、農場の一部に彼を祀った神社等もありました。安曇野一帯に、彼にちなんだ地名が残っていることから、余程慕われ、かつ影響力のあった人だったんでしょうね。そんな歴史に思いをはせて散策するのも楽しいものです

安曇野日記②

2010年07月11日 | 素晴らしき旅の記憶
6月に行った安曇野の日記の続きです。

6月半ばの安曇野は、首都圏より若干涼しい気候もあって、あやめ祭りをやっていました。穂高から自転車で30分ほど走って明科駅の近くの公園では、なぜかアルペンホルンの演奏も聞けました。高原の街、ということかな?

安曇野と言えば、北アルプスを背景にした道祖神と田園風景。道祖神はほかの地域にもあるけど、双体道祖神は特にこの地域に多いそうです。

また、6月のこの時期は、麦の収穫時期でもあります。田植え後の青くてさわやかな田園風景のならびに、黄金色の麦畑もあり、コントラストがキレイです。

いろんなのどかな風景が見られるのが、安曇野の魅力でしょうか。

回想:ゆきの小屋 in 秋田

2010年05月21日 | 素晴らしき旅の記憶
八幡平の秋田県側のひなびた温泉地の外れに、
自然農による自給的な暮らしをしながら営む民宿
「ゆきの小舎」がある。


若い時に東京から田舎暮らしがしたくてこの地に移り住み、
小さな民宿を女手一つで創めたゆきさんと、
パートナーのいくおさんが、温かく旅人を迎えてくれる。

その日の宿泊者が私一人だったこともあり、
夕食をともにしながら丁寧に私の話に耳を傾けてくれる。
とても温かく接してくださるので、会って間もないのに、
まるで旧知の友人と話をするように、
環境問題から常日頃自分が考えている想いや将来の夢まで、
何でも話ができてしまう。

きっと多くの旅人が、このお二人の温かさに惹かれて、
繰り返しこの辺鄙な山の民宿を訪ねるのだろう。

もちろん、山小屋を開いてから、
苦労はいろいろとあっただろう。
開発のために元の小屋を立ち退かされて再建したり、
ようやく自然農が軌道に乗り、土ができてきた頃に、
自然災害復旧のためにトラックやブルドーザーが
畑の土を踏み固めてしまったり。

何よりも、ゆきさんご自身は、重病を患った末、
自然の治癒力を最大限に引き出す東洋医学的療法で回復し、
以後自然農や玄米食を常としているらしい。

様々な苦労をともに乗り越えられてきたお二人だが、
「できる範囲で、いろいろとやってみるのが楽しいの」と
穏やかに語ってくださる。

二人で支えあい、出会った人の縁を大切にしながら、
自分達の道を少しづつ着実に歩んできたお二人。

とても微笑ましく、
「こんなお二人のように暮らしたい」と思わせる、
心和む一夜であった。