前回の続き。。。
「鶴岡八幡宮」
源頼朝が鎌倉に幕府を開く100年以上も前の1063年(康平6年)に、
頼朝の祖先、源頼義が「源氏の氏神」である京都の「石清水八幡宮」を由比郷鶴岡に勧請したのが
その始まりです。
1191年(建久2年)、火災によって焼失しますが、頼朝が再建し今日の姿となっています。
「鶴岡八幡宮」は鎌倉幕府滅亡後も「武門の神」として、足利氏、豊臣氏、徳川氏に崇敬されました。
「鶴岡八幡宮」の裏手に出ました。石段を上ります。
色鮮やかな「鶴岡八幡宮」
大安ではなかったのですが、「舞殿」では結婚式もあったようです。
春らしい着物姿のお二人。
「舞殿」から
「太鼓橋」
八幡宮を背にして左手にある「神苑牡丹庭園」に入ります。
「神苑牡丹庭園」の牡丹。
荏柄神社まで歩く途中で見た梅の花。
「鶴岡八幡宮」
源頼朝が鎌倉に幕府を開く100年以上も前の1063年(康平6年)に、
頼朝の祖先、源頼義が「源氏の氏神」である京都の「石清水八幡宮」を由比郷鶴岡に勧請したのが
その始まりです。
1191年(建久2年)、火災によって焼失しますが、頼朝が再建し今日の姿となっています。
「鶴岡八幡宮」は鎌倉幕府滅亡後も「武門の神」として、足利氏、豊臣氏、徳川氏に崇敬されました。
「鶴岡八幡宮」の裏手に出ました。石段を上ります。
色鮮やかな「鶴岡八幡宮」
大安ではなかったのですが、「舞殿」では結婚式もあったようです。
春らしい着物姿のお二人。
「舞殿」から
「太鼓橋」
八幡宮を背にして左手にある「神苑牡丹庭園」に入ります。
「神苑牡丹庭園」の牡丹。
荏柄神社まで歩く途中で見た梅の花。